芸術活動におけるWilliams Syndromeの表現行為に関する研究
研究課題:15530581
平成16年度 科学研究費補助金 基盤研究(C)(2) 研究成果報告書
平成17年3月
研究代表者 根津 知佳子(三重大学教育学部助教授)
1.研究の経過
ここで、平成14年度以降の研究について概観する。
1−1 Williams Syndrome患児のための音楽・芸術プログラム
平成14年度 科学研究費補助金「萌芽研究」(課題番号 14658067) 配分額120万円
Williams Syndromeの音楽認知に対する関心は、医学・脳神経学の領域に多く、心理学や教育学の研究は、未開拓である。発症率の低さ(1/20,000人)、社会的認知の低さなどの理由により、周囲からの理解が遅れ、誤解されることも多いのが現状である。そこで、人間行動的研究や病理の追及が急務であり、療育や教育技法の開発が必要となる。
そこで、米国で実施されている「芸術プログラム」を視察し、その教育方法を分析した上で、わが国の現状に即したプログラムを開発し、実施した。従来の研究は、実験的な研究が多いため、WSの表現行為の実像が家族や教育者に伝わりにくいという問題があった。それは、研究がWS自身の生活に関連のない次元で実施されていたからである。本研究では、家族や療育者を含めたフィールドを重視し、心理臨床的地域援助活動に属する「臨床性」を重視したプログラムを開発した。
1−2 芸術活動におけるWilliams Syndromeの表現行為分析に関する研究
平成15年度 科学研究費補助金「基盤研究(C)(2)」 (課題番号 15530581) 配分額120万円
平成14年度のプログラムにおける参加者の表現行為を分析した結果、次のような特性を明示することができた。
- リズムに対する親和性やメロディの記憶力が高く、能動的な音楽活動を発展する力を持っている。
- 受動的な活動では、音楽的な文脈を読み取り、感情との関連を言語化する能力を持っている。
- 即興的な活動に対する不安や舞台恐怖が少ない。
- 創作活動では、イメージを音で象徴化する力があり、自分の作品のイメージを言語化することができる。ただし、読譜は困難である。
- 外界の音・音楽や既成の楽曲を再生する能力がある。
そこで、平成15年度は、米国とのプログラムの比較を行い、「音楽」「言語」「美術」「舞踊」「演劇」「運動」を融合し、心理臨床的、地域援助的な機能を内在する「芸術プログラム」を実施した。このプログラムを開発する段階で、次の観点を重視した。
- 聴覚的情報能力と視覚的情報能力のバランスの特異性
- 表出言語能力と理解言語能力の解釈
1−3 芸術活動におけるWilliams Syndromeの表現行為分析に関する研究
平成16年度 科学研究費補助金「基盤研究(C)(2)」 (課題番号 15530581) 配分額80万円
平成16年度6月には、成人期のプログラムだけではなく、ミシガン州で実施された思春期までを対象としたプログラムを視察・参与観察し、表現行為を分析する相違に着目しながら、日米のプログラムの差異について検討し、8月に4回目の「芸術プログラム」を実施した。そのプログラムを開発する際に、以下の点を考慮した。
- 視空間的認知の弱さに焦点を当てた意図をもった活動
- カクテルパーティマナーの弱点を補うコミュニケーションを重視した活動
2.研究の成果と課題
平成14〜15年度には、青年期以降を対象とした芸術キャンプ(ベルボア・テラス/マサチューセッツ州)、平成16年度には幼児・児童期を対象としたキャンプ(インディアン・トレイル/ミシガン州)を視察した。前者は、音楽・芸術教育を目的としており、後者は行動療法的な音楽療法を目的としている。それらを先行研究として、平成14〜16年度に3回の芸術プログラムを企画・実施した。
これらの成果として、WSの表現行為の特性に焦点を当てた教材・活動の開発の発展が挙げられる。
日本のWSの特性を考慮した以下のようなオリジナルの活動を創出することができた。
- 楽器の開発
- 美術と運動を融合させたプログラム
- 音楽と運動を融合させたプログラム
- 音楽・美術の個別活動
また、その活動を通して、『転移=逆転移』『傷ついた癒し手』という精神分析におけるユング派の概念を用いた表現行為の解釈が可能であることもわかった。一方で、米国との比較を通して、音楽行動目標に沿った分析についても検討した。その結果、WSの表現行為を「感性情報」「感性行動」「感性表現」の3領域によって構造化する可能性を見出した。
1/20,000人の発症率といわれるWS患児の日本での診断者数は数百人といわれている。1990年代にその診断が開発されたため、現在では乳幼児における診断が増加している。
平成14年度より、次のような年齢構成のプログラムを実施し、表現活動、言語表現の記述、記録を重ねている。わが国で、のべ34人の患児を対象とした芸術プログラムの実施は、本研究のみである。また、プログラムは地域援助的な心理臨床活動であるため、家族の抱える問題や学校での課題なども明確になっている。
平成14年度 4月実施 準備プログラム 10歳以下 6名 10歳以上 2名
平成14年度 8月実施 第1回プログラム 10歳以下 3名 10歳以上 5名
平成15年度 8月実施 第2回プログラム 10歳以下 3名 10歳以上 2名
平成16年度 8月実施 第3回プログラム 10歳以下 5名 10歳以上 6名
わが国においては、早期に診断される患児と、思春期以降に診断される患児に分類され、とりわけ後者に関しては、臨床的な援助が必要となり、芸術プログラムに必要な視点として、「表現行為の解釈」があげられる。一方前者においては、前言語期の患児が多いことから、コミュニケーションの分析の客観的な方法が必要になる。
ところで、「言語による対話」は、相手の言語を受けとめ、聞き終わってから話し出すというルールに基づいて行われるが、「音楽による対話」は、相手の表現を受け止めると同時に、自らも表現するという構造をもつ。正高信男氏は、ヒトに備わっている高等な能力ともいうべき言語習得の基盤が、後者の「音楽による対話」に関わる「音楽知覚」であると述べている。
近年の言語研究におけるWilliams Syndrome(ウィリアムズ症候群)の言語発達研究は、「モジュール構造」の存在を立証しようとする立場である。音楽認知に代表される「感性情報処理」が、ヒトの言語能力発達の心理生物的基盤として位置づけられるならば、Williams Syndromeの言語表現や音楽表現を基軸とした「感性システム」をモデル化することにより、ヒトの発達の基盤を再考できることになる。
Williams Syndromeの「表現行為」の特性を基軸とした上で「感性システム」のモデル化を試みることが今後の課題である。
(2006年3月)
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