ウィリアムズ症候群
田谷 勝夫:高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター
近藤 武夫:東京大学先端科学研究センター
朝倉心理学講座4「脳神経心理学」 利島 保編、59、162-163ページ
朝倉書店(ISBN4-254-52664-4)2006年1月発刊
- 59ページ(田谷 勝夫)
ウィリアムズ症候群(Williams syndrome)とは、ウィリアムズ(Williams, J.C.P)によってはじめて報告された遺伝子病である。まれな疾患で出生約20,000人に1人の頻度と考えられている。身体的特徴として、広い額で小さな頭、小顎などがあげられる。精神機能の特徴として、言語、音楽、人間関係などには高い能力を示すが、計算、空間的な技能、運動能力に障害をもつ傾向がある。IQは典型的には50から70の間で、軽度から中程度の精神発達遅滞レベルである。合併症の一つとして聴覚過敏がある。これは音に対する過度な感受性のことであるが、ウィリアムズ症候群の場合は、耳で音を聞くプロセスの問題ではなく、脳が耳からの情報を処理する過程の問題で聴覚過敏が起こる。特定の音だけに不快感があり、ある人にとっては、ほんのいくつかの音が煩わしく感じられる。一般的には、ウィリアムズ症候群の人は大きくなるにつれて音をうまく処理できるようになるといわれる(Lenhoff et al., 1997)。
- 162-163ページ(近藤 武夫)
ウィリアムズ症候群は第7染色体から20個ほどの遺伝子が欠損することにより生じる症候群である。当初、大動脈弁上部狭窄症といった心臓血管異常(Williams, Barratt-Boyes, & Lowe, 1961)が注目されたが、その後の研究からウィリアムズ症候群の患者は言語と空間認知の機能に特有の傾向をもつことがわかり、この点で近年特に注目されている。具体的にはウィリアムズ症候群では、以下のような認知的特徴を持っていることが報告されたている。
IQは30〜80程度と全般的に低いが、発話が非常に流暢で、物語の説明では声色、強弱、語調などを変えて豊かに表現することができる。また聴覚が鋭敏で、音楽能力が非常に優れていることが多い。その反面、視空間的な認知には障害がみられ、たとえばゾウや人間の絵を模写させるとほとんど形をなさないような線を描く程度であり、compound letter task(小さな文字で構成された大きな文字を提示し、音読・模写させる課題)では部分(小さな文字)は認識できるが全体(大きなな文字)は認識できない。このようにウィリアムズ症候群では、先天的に右半球の脳損傷でみられるような乖離を示す患者として注目されている。
こうした視空間認知障害は、第7染色体上にあるLIM-Kinase1遺伝子の欠損が関係している可能性が示唆されている(Frangiskakis et al., 1996)。この遺伝子は発生初期の脳神経系の構築にかかわる遺伝子といわれるが、こうした遺伝子を含んでいても認知障害を伴わない症例報告や、ほかの遺伝子が関与しているという報告もあり、障害と原因遺伝子の関係はまだよくわかっていない。
また認知機能の違いに寄与する脳構造としては、神経解剖学的知見から、中心溝背側が通常より短いことが知られている(Galaburda, Schmitt, Atlas, Eliez, Bellugi, & Reiss, 2001)。さらに、小脳が通常よりも大きい点が知られており、小脳が運動だけではなく認知機能にも関わることが近年示唆されていることから、この点に注目する研究者もいる(たとえば、永田、2004)。
(2007年7月)
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