(1998年10月)
Insight Into the Musical Potential of Cognitive Impaired People Diagnosed with Williams Syndrome
Howard Lenhoff
University of California, Irvine
Music Therapy Perspective, Vol 16, No 1, 1998
何故だろう? そこには少なくとも4つの理由がある。最初に、ウイリアムスの子供達
(*)は認知障害があるにもかかわらず、普通とは違う音楽的才能の兆候を示しているこ
とに親達が気がついていることが挙げられるある。2番めとして、認知科学の研究者がウ
イリアムスの人々のユニークな音楽的能力に興味を持っていることが挙げられる。3番め
として、ウイリアムスの人々が音楽に対して特別の親しみを感じているにも関らず、大部
分の人は楽譜が読めないために、普通の音楽教師は彼らを生徒にしたがらないことが挙げ
られる。4番めは、音楽を通じていろいろな運動機能障害や認知障害を治せると考えてい
る人が親の中にいることである。例えば、ウイリアムスの人は靴の紐を結べるようになる
時期がかなり遅れるが、音楽や作曲を通じてこのような課題の達成を促進していこうと考
えている親がいる。
ウイリアムスの音楽家の中には優れた才能に恵まれた人が存在するが、複雑なクラシ
ック音楽を一度聞いただけで演奏できるという意味の「サバン:savants」ではない。それ
でもなお、現在は逸話的にしろ、ウイリアムスの人々は幅広い音楽的才能を持っており、
中には通常はサバンの能力だと思われているものが含まれているという報告もある。しか
し、音楽サバンとは違って、音楽的才能を持ったウイリアムスの人々は、技能を発揮し向
上させるためには練習が必要である。彼らは伝統的な教育方法とは異なった方法で音楽を
勉強する。ウイリアムスの人々がどのようにして音楽を勉強し、どのように音楽に反応す
るかを理解すれば、音楽療法士は彼らへの対応方法を見つけられるであろう。さらにこの
ような研究を通じて、普通の子供達と認知障害を持つ人たちの両者に対するさらに優れた
音楽療法を見つけ出せるであろう。
ウイリアムス症候群とは
ウイリアムスの人々は、染色体の一本からいくつかの遺伝子が失われている。この「微
小欠失」の結果、15個程の遺伝子ペアのうちの片方が欠けている。この遺伝子の一つは
エラスチン(elastin)と呼ばれ、大動脈・腸・肺・皮膚に大量に存在する弾性蛋白質の合
成に関っている。ウイリアムス症候群の人々は、全員同じようにこの遺伝子欠失を持って
生まれてくるため、両親や人種的背景とは無関係に、同じ身体的・行動的・認知的障害を
共有している。
研究者達は、ウイリアムス症候群の人たちの認知障害や身体的障害から考ると、とて
もすばらしい能力をいくつも持っていることを発見している。このような認知的・行動的
アンバランスのために、ウイリアムスの人々は学者や一般市民や家族や音楽療法士の興味
を集めている。
第一に、簡単な足し算や引き算・3次元空間内の位置関係・論理的推論・抽象的概念
等に問題があるにもかかわらず、彼らは認知的障害とともに言語能力の高度な発達を示す。
第二に、集団的に見て多くの人が、音楽を好み、共感し、才能を発揮する。第三に、彼ら
は「聴覚過敏」と呼ばれる症状を有し、かすかな音でも聞き取れる。最後に、ウイリアム
スの人々は「喜び」を求め指向する人である。かれらはとても温かく親切な性格で、他の
人の感情を理解し共感する。(Lenhoff, Wang, Greenberg & Bellugi,1997)
ウイリアムスの人たちの音楽的能力を明らかにして比較する研究が始まったところで
ある。音楽心理学者のオードレイ・ドンは、予備論文の中で、彼女が調査したウイリアム
スの人の音楽的能力は優れた言語能力と釣り合っていることを報告している(Don,
Schellenberg, & Rourke, 1996)。国立科学財団(National Science Foundation)の資金
提供を受けて、カリフォルニア大学アーバイン校において認知科学者のジョージ・ヒコッ
ク( George Hickok )とオリガリオ・ペラレス( Oligario Perales )、心理学者のリン
ダ・リバイン( Linda Levine )とビバリー・サンディーン( Beverly Sandeen )、生物
学者のハワード・レンホフは2つの別々の研究を行っている。ひとつは、ウイリアムスの
人が持つ相対音感を認識する能力を、その他の人々と比較するものである。もうひとつは、
ウイリアムスの子供の親から、年齢の近い兄弟姉妹と比較してウイリアムスの子供の音楽
に対する興味と能力を聞き取り比較するものである。また同大学で進められている3番め
のプロジェクトとして、ゴードン・ショウ博士(Dr. Gordon Shaw)とエイミー・グラチア
ノ(Amy Graziano)は、ウイリアムスの幼児に音楽教育を行うことによって、空間の位置
関係に関する認知機能に変化があるかどうかを調査している。
さらに、音楽とウイリアムス症候群に関する教育と調査は、マサチューセッツ州レノ
ックスのベルボア・テラス音楽キャンプやテキサス州のテキサス大学サン・アントニオ校
でも計画されている。ベルボア・テラスでは、ウイリアムス症候群財団(Williams Syndrome
Foundation)が認知障害を持つ人を対象にした音楽芸術アカデミーを1999年9月に開
校することを計画している。さらに、テキサス大学の理事であるドン・ホッジス(Don Hodges)
教授の指揮の下、テキサス大学理事会は、ウイリアムス症候群財団が研究センターと2番
目の音楽芸術アカデミーを設立するために、音楽芸術学部に隣接する1エーカーの土地を
割り当てた。
他のウイリアムスの人々と同じように、グロリアは絶対音感を持っている。彼女の声
は美しいソプラノであり、大きなピアノ・アコーディオンを上手に演奏し、レパートリー
は25ヶ国語で2000曲以上になる。彼女は楽譜が読めず、最近になってやっとキーボ
ードの白鍵の音を認識できるようになった。彼女が最初に師事した声楽の教師は、理解が
ある優れた音楽療法士であり、長い間教えてもらった。彼は今でも彼女の良い友達だが、
2000マイルも離れたところに住んでいる。
しかし、私たちもその教師もウイリアムス症候群のことは聞いたこともなかった。娘
の非凡な音楽的才能を記録して、賞を取ったPBSのドキュメンタリー「ブラボー・グロ
リア(Bravo Gloria)」が1988年に放映され、その反響としてたくさんの手紙や電話
をもらった。それらはグロリアがウイリアムス症候群だと指摘していた。さらに、そのビ
デオは、ウイリアムス症候群の子供に音楽教育を与えている多くの親達の好奇心をも刺激
したようである。私たちはいつも次のような疑問を抱いている。もしグロリアが子供の時
にウイリアムス症候群の診断を受けていて、カウンセラーや教師から落胆させられるよう
な話を聞かされていれば、良い音楽教育の機会を彼女に与えなかったのではないだろうか
と。
ウイリアムスの我が子に音楽的才能があることに既に気づいている人達もいた。子供
が診断を受ける前だった人もいるし、診断後だった人もいる。彼らは子供を励ましながら、
個人レッスンや音楽療法を受けさせている。[ 例えば、ウェスタン・ミシガン大学の音楽
学部の生徒のメーガン・フィン(Meghan Finn)に関するクラシーン(B.Krasean,1997)の
文章を参照 ]。
1994年に、キャンプの責任者のナンシー・ゴールドバーグ(Nancy Goldberg)の
協力を得て、ウイリアムスの親達のグループはマサチューセッツ州レノックスにあるベル
ボア・テラスで一週間のウイリアムス症候群向けの特別な音楽キャンプを始めた。ここは、
過去何十年にもわたって才能ある若い女性にすばらしい夏季音楽キャンプを提供してきた
場所である。
1997年に4年目の開催を終えたウイリアムスキャンプは、出版界やメディアの注
目を集めるようになった。2本のドキュメンタリーが作られている。一つはオランダに本
社を持つアメリカのビデオ製作会社子会社 EO Production Inc. が作製し、他の一つは、
BBCとオリバー・サックス博士(Dr. Oliver Sacks)が作った。1997年10月19
日には、CBSの「Sixty Minutes」の中でもウイリアムス症候群に関する話題が取り上げ
られた。さらに、2人のキャンプの音楽教師がウイリアムスの子供を教えた経験談を公表
している(Stambaugh,1996; Warshaw,1996)。(EOPI作製のビデオテープ、グロリア・レ
ンホフのカセットテープ、スタンボー(Stambaugh)の論文を入手したければ、www.wsf.org
を参照。Warshawの論文の要約版もそのホームページで見ることができる。)
さらに重要なこととして、このキャンプが参加者達の音楽的才能を開花させただけで
はなく、インターネット(www.wsf.org)を通じてキャンプのニュースが広まったことで、
世界中のウイリアムス症候群の子供達の親の興味を呼び起こし、ウイリアムスの音楽家達
が「箱の中から」出てきて認められるようになった。
今にして思えば、グロリアが才能を伸ばして色々なところで演奏をしたことで、ウイ
リアムスの人の家族に対して音楽に興味を持つように刺激を与えたこと、それらの家族に
希望を与えたこと、意欲を持ったウイリアムスの音楽家達のモデルになれたことを確信し
ている。
A.一対一での訓練
スタンボウ(1996)が指摘しているように、レッスンの初めは必ず抱きしめてあげる
ことが必要である。さらに、ウイリアムスの人々に対しては、注意は最小限にして、少し
でもうまくいった時には必ず誉めるという励ましが必要である。
ウイリアムスの人に音楽を教える方法中で最もうまくいく方法の一つが、レッスンを
カセットテープに録音し、毎日のそのテープを聞きながら練習する方法である。聞きなれ
ない外国語の歌のような難しい曲の場合は、特別な録音方法が効果的である。例えば、知
らない外国語の民謡を教える場合は、その言語を母国語とする人の歌声を録音する。その
後、数フレーズ分の歌詞を曲を付けずに発音し、次にそのフレーズを歌う。これを繰り返
して全曲を完全に録音する。生徒が各フレーズを繰り返して歌えるように、各フレーズの
後に空白時間を挿入した後、そのテープのコピーを生徒に渡す。このテープを聞いて練習
することで、ウイリアムスの生徒は外国語の曲を速やかに記憶し、ほとんど無制限にレパ
ートリーに加えていける。
耳から覚えて繰り返すことが出来る彼らの能力は、楽譜の読み方を覚え音楽理論を理
解することがよい演奏には不可欠だと信じている音楽教師を困惑させる。多くの人に信じ
られているこのような誤解のため、ウイリアムスの子供の親は教師を見つけることに苦労
する。ウイリアムスの人に門戸を開くために、音楽療法士や音楽教師は楽譜の読み方を教
えるという目標を取りやめることを検討する必要がある。これはウイリアムスの人に対す
るサービスになるだけではなく、音楽療法士や音楽教師にとっても価値ある豊かな体験に
なる。
ウイリアムスの人は絶対音感を持っているのだろうか? 教師や親の多くは持ってい
ると信じている。しかし、グロリアを初めとする何人かは例外として、ほとんどのウイリ
アムスの音楽家は歌ったり演奏している音の名前を知らないので、どのようにして絶対音
感を持っているとわかったのだろうか? 答え? 音楽表記を必要としないで絶対音感を調
べられる検査方法が必要である。現在のところ、カリフォルニア大学アーバイン校の研究
者達はウイリアムスの成人の相対音感の研究に注力している。なぜか? 第一に、相対音感
であれば被験者が音楽表記を知らなくても検査できることが挙げられる。二番目は、相対
音感の認識は音楽的能力があることを示す確度の高い指標になるからである。
口や唇の構造のために、ウイリアムスの生徒にはフルートの演奏は困難であることが
わかったと、スタンボー(1996)が記述している。一方で、クラリネットやトランペット等
の吹奏楽器をとても上手に演奏できるウイリアムスの人は数多い。
ベルボア・テラスのウイリアムス音楽キャンプでは、好まれる楽器はキーボードとド
ラムだった。キーボート(ピアノ・オルガン・アコーデオン・シンセサイザー)で多くの
ウイリアムスの人がすばらしい演奏を行い、他の人も単に弾くことなら出来る。とは言え、
これらの楽器を上手に弾けることが、必ずしも難しい指使いと速さを要求される難しい曲
を演奏できることにはつながらない。
ウイリアムスのドラム奏者の何人かは非常に上手に演奏ができる。複雑なリズムを短
期間でマスターでき、すぐにレパートリーに加えることができる。より多くのウイリアム
スの音楽家達がドラムに取り組むようになるにつれて、親や教師達の報告には、フルドラ
ムセットの演奏を習うことに関して稀に見る適性が指摘されている。1996年、キャン
プのドラム・インストラクターで、彼自身アメリカの一流のバンドのプロのミュージシャ
ンの報告によると、ドラム奏者のうち2人は抜きんでており音楽業界で生きていくことが
可能で、すばらしい将来性がある人も5人以上いる。
先天的な運動機能障害のために、かなり多くの割合でウイリアムスの人は四肢に障害
がある。普通ではない歩き方をする人が多く、脊柱側彎症を併発することもある。そのた
めに、リズムダンス活動への参加が難しい。前腕に橈骨尺骨融合を持つ人もいて、特定の
動きができなかったり、動きにくかったりする。その結果として、自己流の弾き方で楽器
を演奏するウイリアムスの音楽家もいる。例えば、前腕に融合があるグロリアは、右手を
地面と水平にして5本の指でアコーデオンの鍵盤を弾くことができない。その代わりに、
アコーディオンの上から下向きに右手を伸ばし、普通は3本の指を使う。
声楽には手の器用さは必要ない。このため、たくさんのウイリアムスの人々が声楽(歌)
を勉強するようになり、すばらし天性の歌唱力を持っていることがわかってきている。ウ
イリアムスの人々の多くは、たとえ女性でも低くしゃがれた声をしていると報告されてい
るが、すばらしい歌声のウイリアムスのソプラノ歌手もたくさんいる。小さい時からボイ
ス・トレーニングを行うことが重要な役割を果たす。プロのボイス・トレーナーについて
勉強しているウイリアムスの歌手もいるし、大学や地域の短期大学の声楽やコーラスの授
業に参加している人もいる。ウイリアムスの歌手達は、オペラやクラシックから、カント
リー、宗教音楽やポピュラーまで幅広い分野の音楽を演奏し楽しんでいる。どの分野の音
楽が一番好きかと聞かれれば、たいていの場合「全部好きだよ」という答えが返ってくる。
5ページのEOPI作成のビデオに登場するサックス博士(Dr. Oliver Sacks)は、ウイ
リアムス症候群の人々は独特の特徴を持っていと述べている。このためにサックス博
士は彼らのことをウイリアムスの人々と呼んでいる。ウイリアムス症候群財団の理事
達もサックス博士の認識に賛同しており、使われる状況に応じてウイリアムス症候群
の人たちを、ウイリアムスの人々・ウイリアムスの子供・ウイリアムスの音楽家・ウ
イリアムスのキャンパー等と呼んでいる。