ウィリアムズ症候群の認知能力テストについて



ウィリアムズ症候群に詳しい医師が、出版された論文の内容 (資料番号 3−9−04)についてコメントしたものです。

(1999年3月)

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1998年1月5日

編集長への手紙

最近の研究報告(Greer et al., 1997)によれば、グリア(Greer)と共同研究者達は、 ウィリアムズ症候群の患者に見られる表現型の重要な変動性を取り上げている。フランス やイタリアのウィリアムズ症候群の患者の言語能力を調査した最近の別の出版物も、この 症候群において言語能力が一様に維持されているわけではないという点でグリア等と見解 が一致している(Volterra et al.,1996; Karmiloff-Smith et al.,1997)。ウィリアム ズ症候群の言語能力のほとんどの部分は、認知能力全般のレベルとほぼ一致するという合 意ができつつあるように見える。しかし、グリア等が提起したもう一つの論点は、この文 献では支持されておらず、実験結果を過剰評価していると思われる。

多くの研究者グループがそれぞれ独自にウィリアムズ症候群の患者の短期記憶 (short-term memory)を調査した報告書の大部分では、聴覚的(auditory)刺激に対する記 憶は視覚的(visual-spatial)刺激に対する記憶よりも優れていると報告している。(Udwin and Yule,1991; Wang and Bellugi,1994; Vicari et al.,1996)。これは、グリアが調 査した15人の患者から得られた結果とどう折り合うのであろうか?グリア等は、患者の 視覚的短期的記憶を調査する道具としてスタンフォード・ビネー知能テスト(Stanford- Binet Intelligence Scale(Thorndike et al., 1986))のビーズ記憶サブテスト(the Bead Memory subtest)を実施した。このテストでは、被験者は、色や形が異なった一連のビー ズを提示された後、記憶を頼りにそれを再構成するように求められる。このテストにおい て被験者は、ビーズの視覚イメージを覚えるよりも、「赤い丸、次に四角いひし形、緑の 丸が続く」というような言語的手がかりを使うことができる。これとは対照的に、他の研 究者たちが用いたテストは、記憶を助ける言語的手がかりを使えないような刺激を利用し ている。そのため、彼らは他のものと混同せずに空間記憶能力の計測を行えている。(サ ブテストに問題点があるにもかかわらず、やはりグリア等のデータは、他のサブテストに 比べてビーズ記憶テストの点数が低いことを示している。この重要な結果を彼等が見落と した原因には、統計解析能力が不足していたことも関係していると考えられる。)

グリア等が「聴覚短期記憶」用のテストとして使った文章記憶に関するテスト(ソー ンダイク等:Thorndike et al., 1986)は、結果の解釈を間違えやすい。このテストでは、 試験官が読み上げる文章を被験者が復唱することを求められる。テストの文章の文法を理 解していない可能性のある幼い被験者は、記憶能力だけではなく文法能力によってもこの テストの成績が左右される(セメル等:Semel et al., 1995)。それに比べて、ウィリアム ズ症候群の人の聴覚短期記憶のテストに単純な数字・単語・疑似刺激を使ったその他の研 究は、対象としている記憶テストを遂行するために余分な能力をあまり必要としない。

言語についのグリア等の発見にも同様の難しさが内在する。例えば、著者達が言語能 力を測定する尺度として用いたスタンフォード・ビネーの理解力サブテス(the Comprehension subtest of the Stanford-Binet)は、「人間はなぜ食事をするのですか?」 (実際のテスト問題では無い)というような質問に被験者達が答えることを必要とする。 これらの質問に答えるには、言語能力だけでは十分ではない。さらに、このテストで良い 成績を取るには、被験者が種々の抽象的概念を理解していることが必要である。結果とし て、スタンフォード・ビネー言語的思考能力成績は(ウェクスラー・テストの言語IQ [Verbal IQ of the Wechsler tests]と同様)、純粋な言語能力そのものを測定している とは考えられない。

スタンフォード・ビネーテストや他の知能テストは、認知障害を持つ数多くの子供達の 臨床的評価の分野で確立されてきた。しかし、遺伝子を原因とする神経心理学的特徴を調 べるための道具としては、感度が鈍く、最初の予備的なテストにしか利用できない(Wang and Bellugi,1993)。ウィリアムズ症候群(neurofibromatosis type-I, ターナー症候群, velocardiofacial症候群等を含めて)に対する、神経心理学的にもっと深く掘り下げた詳 細な分析は、最新の理論に基づいて作られた精密なツールを必要としている。これまでの ように、作成されてから何十年も立ってから理論的な裏付けがなされているような心理教 育学ツール(たとえば、スタンフォード・ビネーテスト)では役にたたない。このよに、 これらの症候群は、「こころ」の認知機構に対する新しい洞察を与え始めてくれている。 こんどは、この研究が認知機能評価の新しい方法の開発につながるかもしれない。

Paul P. Wang, MD

Assistant Professor of Pediatrics
University of Pennsylvania School of Medicine
ポール P ワン

References



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