親しみのもてる顔と独特の心



資料番号2−1−41で指摘されている論文である。

(2006年5月)

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Friendly Faces and Unusual Minds

Yudhijit Bhattacharjee
"Heart to Heart", March 2006, Page 4-7

部外者にとって、ウィリアムズ症候群の集会は大家族が集合したように見える。2年毎に開催される3日間のイベントに集まった200名余りの患者はお互いにどこかが似通っているが、まったく血縁関係はない。上向きの鼻、幅の広い口、小さな顎が妖精に似た外見を与えている。この外見のために7500人に1人の割合で生まれるこの遺伝子疾患は妖精様顔貌症候群(elfin face syndrome)と呼ばれることもある。「たとえあなたがまったくの見ず知らずの人だったとしても、ホテルのロビーに入っていけば、彼らはあなたを取り囲み話しかけてくるでしょう」と、カレン・バーマン(Karen Berman:メリーランド州ベセスダにある米国立精神衛生研究所(NIMH)の精神科医)が言う。

過度のなれなれしさはウィリアムズ症候群の人の脳が普通の人の脳とは働き方が違うことの一例である。その他のちょっと変った事例としては、物体を全体の一部として認識できないことからウィリアムズ症候群の人は簡単なパズルを組み合わせることができないことが挙げられる。視空間構成障害として知られているこの障害は、距離を判断し、階段を通り抜けることも困難にもする。さらに、ほとんどのウィリアムズ症候群の人は、言語を使うことにはほとんど問題がないし、ときにはすばらしい音楽的才能をみせるが、彼らの総合的知能指数は精神遅滞に分類される。

ウィリアムズ症候群の人たちに共通的にみられてきちんと調査されている認知面の特徴から、一部の研究者たちはこの症候群がヒトの心の遺伝子的基礎を垣間見せてくれる窓を提供してくれると信じている。1990年代初めにこの症候群は第7染色体の片方の微小欠失を原因とすることが発見されて以来、研究者たちはこの領域に存在する様々な遺伝子が脳の発達や機能に果たしている役割を同定しようと努力してきた。この試みの大きな目的は、認知や行動がどのように遺伝的特質から発生し、それが環境とどのような相互影響を持っているかを明らかにすることである。

この努力は報われつつある。研究者たちは、ウィリアムズ症候群で欠けている遺伝子と、脳の特定領域の器質的・機能的異常と、この症候群の特徴である認知障害の3つの結び付きを描き出している。その後、遺伝子−脳−行動の関連のいくつかはマウスのモデルで確認され、科学者たちはウィリアムズ症候群の遺伝子欠失によって影響をうけている神経発達経路を明らかにした。総合的に考えるとこれらの発見は、「比較的些細な発達障害が神経機能に対してどのように重大な影響を与えることを理解する上でとても貴重である」と、デニス・オリアリー(Dennis O’Leary:カリフォルニア州サンディエゴにあるソーク研究所生物学研究室の神経生物学者)は言う。

神経結合

 他の内科医のほうがもっと早くこの病気を診ていた可能性もあるが、イギリス人の内科医ウィリアムズ(J.Williams)が1961年に論文でこの症候群を初めて同定した。この論文には顔貌・認知・心臓疾患という独特の組み合わせを持った子どもたちのことが記載されている。ついでその翌年、ドイツ人の心臓医アロイス・ビューレン(Alois J. Beuren)に率いられた研究グループがに単独でこの症候群を同定し、この症候群の特徴として過度の社会的行動を付け加えた。

 遺伝子がウィリアムズ症候群の認知プロフィールにどのような影響を与えているかを理解するステップとして、研究者たちはこの病気の目だった特徴の基礎を形作る神経メカニズムを明らかにしようと考えた。彼らが直面した問題はウィリアムズ症候群の人たちのほとんどが精神遅滞であり、そのために認知機能をテストするための様々な実験課題を実施できないことにある。カレン・バーマンは米国立精神衛生研究所の神経医アンドレアス・メイヤー=リンデンバーグ(Andreas Mayer-Lindenberg)、ケンタッキー州ルイビル大学の精神科医キャロリン・メルビスらと共に、世界中を探して染色体欠失と認知障害特徴の両方を有していながら総合的知能が正常であるウィリアムズ症候群のボランティアを13人見つけてこの困難を乗り越えようとしている。

 一連の研究のひとつとして、このボランティアたちを対象に視空間構成障害を明らかにするための2種類の課題を実施した。最初に、ボランティアたちはコンピュータ画面上に表示された2つ部品を見せられ、組み合わせると四角形になるかどうかを問われた。次に、画面上に次々に表示されるイメージが同じ高さにあるかどうかを質問された。ウィリアムズ症候群グループの機能的MRI画像を健康な対照群のそれと比較し、視覚システム中に存在する空間処理経路として機能する脳のある領域の神経活動がウィリアムズ症候群において有意に低下していることが明らかになった。対照的に、ウィリアムズ症候群の人は物体を同定する役割を担っている脳神経経路の活動は正常であることも判明した。これはウィリアムズ症候群の人たちは顔やその他の物体の認識に問題がないことを裏付けている。

 MRIを利用してウィリアムズ症候群患者の脳の詳細な器質的構造を調査した結果、2つの課題を行っているときに活動が低下していた脳領域に隣接する神経組織の密度が異常に低いことを発見した。つまりこの領域は脳が視空間処理を行う際の入力機能を応分に発揮できていないことを示している。頭頂葉と後頭葉を分けている脳のしわ(頭頂・後頭溝)に存在するこの解剖学的欠陥がウィリアムズ症候群における視空間構成障害の原因である可能性が高いと、バーマンらはNeuron誌に投稿した論文で結論付けた。彼らは後続研究としてこの脳のしわを計測している。8月24日付のJournal of Neuroscience誌で発表した論文で、ウィリアムズ症候群のボランティアは対照群に比べて溝が有意に浅いことを報告している。7月1日付のJournal of Clinical Investigation誌では、同じボランティア患者グループには海馬領域に器質的にも機能的にも異常があることを示している。この結果は、ウィリアムズ症候群に存在する長期記憶障害や他の認知障害を説明できる可能性がある。

 ウィリアムズ症候群の研究者の中には、米国立精神衛生研究所が主導している研究は対象としているボランティアグループの知能が正常であることに問題があると感じている人がいる。「争点は、彼らのIQが彼らをウィリアムズ症候群患者の代表としてふさわしくないことを示していることです。そして、その特徴こそが彼らを格好の実験材料にしていることでもあるのです」と、アラン・レイス(Allan Reiss:スタンフォード大学医学部の精神科医)は言う。

 メイヤー=リンデンバーグはそのような懐疑的態度を退ける。彼のチームが集めたウィリアムズ症候群の人々は精神遅滞があるウィリアムズ症候群の患者と同じく視覚障害があり、このために彼らは与えられた課題を実行する際に障害がある自分の神経メカニズムの利用を回避できないことを意味している。「もし否定的な結果が出ていたら、つまり私が集めた被験者が対照群と同じ能力を示していたら、彼らの知能指数が高いことでハンディキャップを克服できているのではないかと疑ったでしょう。しかし、びっくりするような異常を見つけ、さらにその異常がボランティア達と一般的なウィリアムズ症候群集団との知能指数の差を原因だというためには、複雑にからみあった推論をつくり上げる必要がありました」と彼は言う。

 このような意見の不一致にもかかわらず、レイスらは一部分ではあるが同じ結論に達した。ある実験でレイスらのチームは典型的に知能指数の低いウィリアムズ症候群43人の脳のスキャン画像を40人の健康な対照群のそれと比較した結果、空間処理経路に沿った特定の領域において神経組織の密度が低いことを発見した。別の研究では、11人の被験者がコンピュータ画面に映った顔写真が自分を見つめているか、目をそらしているかを答える課題を行っている最中の彼らの脳の機能的MRI画像を撮影した。(この課題はバーマングループが利用した課題より簡単である)。ウィリアムズ症候群の人々の反応時間は対照群より遅かっただけではなく、課題を遂行している間の一次視覚野や二次視覚野における活動レベルが有意に低いことが判明したと、レイスらは昨年Neurology誌で報告した。

不完全な鋳型(A Faulty Template)

 ウィリアムズ症候群の認知障害の原因となる神経障害を特定することはパズルの一片にすぎない。他にも遺伝子と解剖学的あるいは機能的な障害を結びつけるものがある。ウィリアムズ症候群の染色体から欠失している遺伝子が現在知られている28個だけだったとしても(脳の発達に関係している数千個の遺伝子に比べればほんのわずかの数である)、これらの遺伝子がこの症候群の認知的側面に及ぼしている個々の影響を特定することはとても複雑な問題である。「これらの遺伝子はそれら相互間およびその他の遺伝子間で数え切れないくらいの方法で相互作用を及ぼしている可能性があります」と、ジュリア・コーレンバーグ(Julia Korenberg:カリフォルニア州ロサンゼルスのシダス・サイナイ病院(Cedas Sinai Health System)の分子遺伝学者)は語る。

 研究者たちはこのリストを縮めるために、同じ認知的特徴を持ったウィリアムズ症候群患者で、7番染色体の欠失部分が短い人たちの研究を行っている。例えば、今週Science誌(オンライン版:www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/1116142)に発表された論文によれば、メイ・タサベージ(May Tassabehji:英国のマンチェスター大学の遺伝内科医)に率いられた英国と米国合同チームは、GTF2IRDIと呼ばれる遺伝子が視空間障害に影響を及ぼしている証拠を提示した。研究チームは7番染色体の欠失領域にこの遺伝子は含まれるが、他の候補遺伝子の多くが含まれていない4歳半の女児を見出した。論文はこの遺伝子の欠失がこの女児のウィリアムズ症候群様の顔貌特徴を作り出していることに焦点を当てているが、同時に著者たちは彼女が空間定位に重大な障害を持っていることも記述している。

 この部分欠失戦略を利用した初期の研究の1つで、メルビス(Mervis)とコリーン・モーリス(Collen Morris:ラスベガスにあるネバダ大学の遺伝医)による1996年の論文では、LIMキナーゼ1と呼ばれる遺伝子が視空間構成障害に影響を与える有力な候補遺伝子であると同定された。(このグループは同じ手法を使って、エラスチンをコードしている遺伝子がウィリアムズ症候群の循環器系や心臓の障害を引き起こしていることを突き止めた)。しかし、LIMキナーゼ1の物語は混沌としている。研究者たちは、この遺伝子の片方を失っているがウィリアムズ症候群の認知障害をまったく持っていない人たちを見つけた。

 ここ数年の研究では視覚障害に影響を及ぼしている遺伝子として、21個ある一群の遺伝子の中の別の遺伝子を研究している。注目を集めている2つの遺伝子はGTF2IRDIとGtf2iである。両方ともコーレンバーグがソーク研究所のアースラ・ベルージ(Ursula Bellugi)らとの共同研究で同定した。他の部分欠失症例から発見された2つの候補遺伝子にfizzled9とcycln2がある。

 マウスモデルは個々の候補遺伝子をふるいにかけるのに役に立つ。例えば、3年前のNeuron誌に載った論文によれば、カナダのトロント大学のゼンピン・ジア(Zhengping Jia)らはLIMK1をノックアウトしたマウスを作り、その個体がシナプスの機能や記憶が貧弱であることを示した。このマウスの神経は樹状突起棘(興奮性シナプスを形作る神経線維表面から突出した巻きひげ)が不適切であった。Development誌の6月号に掲載された、サミュエル・プレジャー(Samuel Pleasure:カリフォルニア大学サンフランシスコ校の臨床神経科医)らによる実験によれば、frizzled9遺伝子の片方を欠失させたマウスは海馬における神経線維が正常固体より少なく、これはこの領域におけるプログラムされた細胞死が急増した結果である。この遺伝子欠陥はこの動物の空間学習能力を有意に阻害していた。

 ウィリアムズ症候群患者の脳の剖検はこの病気の視覚障害問題を解明する。彼らの脳の分子的地図を調査することにより、アルバート・ガラビューダ(Albert Galaburda:ハーバード大学の神経科医)らは、抹消部視覚野や上部頭頂部においてGtf2iの発現が異常に低下していることを発見した。初期のウィリアムズ症候群の剖検で、同じグループが背側頭頂経路(空間処理システムの一部分)の神経が正常な場合に比べて大きくてずんぐりとしていることを発見している。このことは脳が発達時に正常なパターンに従わなかったことを示唆している。「Gtf2iは背側経路を形成する遺伝子パターンの中に位置しており、その発現の低下は背側頭頂皮質の神経発達に有害である可能性を示唆している」と、ガラビューダは推測する。彼のグループはこの研究結果を昨年開催された神経科学の会合で紹介した。

 それでは、これら6種類の遺伝子うちのどれが本症候群の視空間構成障害に実際に影響を及ぼしているのであろうか? 「どの研究者の遺伝子が最も重要かというコンテストに参加したいとは誰も思っていない」と、プレジャーは言う。「もっともありそうなシナリオは複数の遺伝子が関係しているというものでしょう。ウィリアムズ症候群は他の遺伝子疾患に比べてよく研究されていますが、それでもまだ複雑なのです。」

誰も怖がらない

 バーマンのデスクトップコンピュータに表示されているビデオクリップにはウィリアムズ症候群の人たちの過度の社会性を端的に示すイラストが表示されている。このビデオには、ウィリアムズ症候群の18ヶ月の女の子が、床に座っている5歳の普通の男の子と遊んでいるところが描かれている。女の子は男の子の数インチのところまで歩いて近づき、まじまじと顔を正面から見つめる。数秒後に男の子が居心地悪く感じて顔を背けると、女の子は位置を変えて男の子を間近から見つめ続ける。男の子が立ち上がってバスケットボールのドリブルを始めても、女の子に変化の気配はない。

 このようにウィリアムズ症候群の患者は社会的な恐れを感じないにも関わらず、典型的に高所恐怖症のような非社会的不安を感じるレベルが高い。正常な知能指数を持ったウィリアムズ症候群患者たちに2種類の課題を実施させることで、バーマンらはこの矛盾している行動の神経的背景を探り出そうとしている。最初は、怒りや恐怖を表している顔の写真を被験者に見せ、数秒後に2つの異なる顔の写真を同時に見せる実験を行った。被験者は後に見せられた写真のうちでどちらが最初に見た顔と同じ感情を表現しているかを問われる。次も同じようなマッチング課題だが、違うのは顔の写真ではなく、船が沈んだり家が燃えたりという恐怖心を呼び起こす場面がコンピュータ画面上に表示される。対照課題として、被験者たちは2つの図形のうち前に見た図形と同じものを選択する実験も行った。

 これらの課題を実施中の機能的MRI画像を比較すると、ウィリアムズ症候群グループと対照群とでは扁桃体の活動に有意な差が見られた。扁桃体はヒトの恐怖反応を調節することで知られている脳領域である。脅迫的な顔を見た場合、ウィリアムズ症候群の人の扁桃体はあまり活動しない。それに比して、2番目の課題、すなわち顔ではなく場面を見たときは、ウィリアムズ症候群の被験者は対照群に比べて扁桃体の活動が活発になった。どちらの課題を行っているときでも、眼窩前頭皮質の活動は対照群に比べてウィリアムズ症候群の被験者では高くならない一方で、前頭前野内側(medial prefrontal cortex)の活動レベルは高い。Nature Neuroscienceの8月号に掲載された論文の中でバーマンは、この発見が扁桃体の機能つまり恐怖反応が眼窩前頭皮質や前頭前野内側によって制御されているという社会的認知モデルに適合していると語る。彼女のグループはウィリアムズ症候群の眼窩前頭皮質の器質的異常を報告しており、顔による恐怖刺激に対してウィリアムズ症候群被験者が反応しないことを説明するかもしれないと彼女は記している。

 ウィリアムズ症候群の認知障害を完全に説明するには、この症候群に影響を与えている環境や研究者のストレスの役割に言及する必要がある。これらの役割は社会的認知においてはとても重要であるとラルフ・アドルフ(Ralph Adolph:パサディナにあるカリフォルニア工科大学の認知神経学者)は言う。「遺伝子はウィリアムズ症候群の子どもの社会的行動に非常に早い時期から影響を与えるため、次には彼らの変った社会的行動が普通とは異なる社会的環境を作り上げる可能性があります。つまり、周りの人々はこの症候群を持っていない人に接する場合とは異なる方法でウィリアムズ症候群の子どもと社会的かかわりを持っている可能性があるのです。私たちは遺伝子と認知の間に関連を見出すことはできると思います。しかし、この関連は複雑でつねに媒介者としての環境が関係していることを認識しておく必要があります。」

 ウィリアムズ症候群の人の認知能力を司っているものが遺伝子だけではないということは、「典型的な欠失を持っていて、ほとんどその全員が顕著な障害を持っているにも関わらず、それらのウィリアムズ症候群患者の間でも視空間構成能力には有意なばらつきがあることからも証明される」と、ルイビル大学のメルビスは言う。「平均的にみて、絵が得意な両親の元に生まれた子どもは、同じ欠失を持っている他の人より上手に絵を書く。つまり、欠失領域外にある遺伝子と環境の間の相互作用が影響している可能性がある。このような家庭にいる子どもは絵を描く機会が多いし、上手に絵を描くお手本としての大人が身近にいることの影響も大きい。」

 遺伝子と心の間にまっすぐで単純なコネクションが存在すると期待している人は一人もいない、とレイスは言う。彼は同僚とともにウィリアムズ症候群の子どもを長期的継続的に追跡研究する計画を持っている。このような研究はパズルの部品に遺伝子面と環境面の両面から光を当ててくれると彼は期待している。「遺伝子と環境がどのようにして認知や行動を形作るかを解明する可能性を手に入れた。本当に興奮するスタッフだよ」と彼は語る。

オリジナルはScience、310, 802(2005年11月4日)に掲載。AAASの許可を得て再掲。挿絵はオリジナル記事には含まれていない。



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