ウィリアムズ症候群における視覚認知障害に対応した書字介入法
下記論文に出てくる「前年度の我々の検討」は、「ウィリアムズ症候群における視空間認知能力と漢字写字の発達」を参考にしてください。
(2010年2月)
同じタイトルの原著論文が「脳と発達」に掲載されました。
(2010年11月)
−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−
中村 みほ1)、水野 誠司2)、熊谷 俊幸3)
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所 1)
愛知県心身障害者コロニー中央病院 2)
愛知県心身障害者コロニーこばと学園 3)
脳と発達 第41巻 総会号 S204ページ(2009年5月)
【緒言】
ウィリアムズ症候群(以下WS)は認知能力のばらつきが大きいことが知られており、視覚認知の背側経路にかかわる機能の障害による視空間認知の障害が指摘されている。また、平面の図形において、その細かい構成要素に着目し模写が可能であるが、大まかな形を捉えて模写することが苦手であり(local tendency)、前年度の我々の検討から、local tendencyは経時的改善を認めうる事、local tendencyと漢字模写が関連することが明らかになっている。今年度はその漢字写字に対する介入法の試みを提言する。
【方法】
フォローアップ中のWS患者を対象に図形模写課題を行い、ペケ印でできたひし形の模写でlocal tendencyを認める段階の4名(9-16歳、男2名女2名)、WS類似の視空間認知障害を持つ11歳カブキ症候群(KS)患者1名を対象とし、以下の漢字模写区課題を実施した。
- 通常の漢字の模写。
- 枠の中に書かれた漢字を回答用紙の枠の中に模写。
- 四つの色の下地のついた枠に書かれた漢字を同様のカラー下地付きの枠に模写。
- 上記3.の色をグレースケールに変えたもの。
以上について1から4の順に模写を実施した。
【結果】
WS患者について、1.の通常の漢字模写課題で模写ができない字について、2,3の方法で改善を認めた。4については2,3で改善したものも含め、悪化を認めた。また、1で模写が可能な字については3でも可能であり、4では悪化するものが多かった。また1例、2で悪化を認めた。KS患者においても1での漢字模写に躓きを示す字について、2,3が有用であった。2.のカラーの下地を伴った枠の利用はいずれの場合でも有用、もしくは少なくとも邪魔にはならないことが明らかとなったことから、現実的な対処方法であると考えられる。
−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−
中村 みほ12)、水野 誠司2)、熊谷 俊幸23)
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所機能発達学部 1)
愛知県心身障害者コロニー中央病院 2)
愛知県心身障害者コロニーこばと学園 3)
脳と発達 第42巻 第5号 353-358ページ(2010年9月)
要旨
Williams症候群は認知能力のばらつきが大きく、視覚認知でも、背側経路の機能の障害が腹側経路のそれに比してより強いとされ、色や形の認知と比べ視空間認知の障害をより強く認める。そのため発達途上では、2次元図形で細かい構成要素は模写できてもそれらを適正に配置して大きな形を形作ることが出来ず、漢字模写でも同様に部首の配置につまずきを示す等の所見を認めうる。介入法として、比較的得意な腹側経路の機能の一つである色の認知を利用し、構成要素の配置をわかりやすくするため、4分割して下地を彩色した枠を用いる方法を試みた。上記枠内に漢字を提示し、同様に彩色した枠内に模写する事で模写の改善を認め、有用な方法と考えられた。
中略
V 考察
本検討においては、細かい構成要素の個々の形態は模写できるが、それを適正に配置して大きな形を作ることが出来ない段階にある4名のWS患者において、それぞれの漢字取得段階に応じた漢字について、それぞれの構成要素の配置に困難を来し、漢字模写がうまくいかない所見を認めた。これはWSにおいて特徴的とされる視空間認知障害が、本邦では漢字の構成要素の配置がうまくいかない所見として現れる場合があるとの報告(資料番号4-1-19、3-9-31)と一致し、さらに、その漢字模写のつまずきは、2次元図形の模写が出来ない段階に一致して認められるという報告(資料番号3-9-199)とも一致する。すなわち、本検討の被験者らは、WS患者について従来報告されてきた視空間認知の特徴をこの段階において横断的に呈しているものと考えられる。
本検討は、この段階にあるWS患者における漢字学習について、積極的介入の効果を支持するものといえる。先行研究における長期の縦断的なフォローアップの報告(資料番号3-9-199)により、2次元図形の模写、ならびに漢字写字は成長に伴って改善する場合も多いことが明らかとなっていることから、最終的に模写が改善し、漢字写字も可能になるなら、その発達を待てばよいという考え方もありうる。しかし、最終的に模写が改善する段階に至るまでに長い時間がかかること、さらに、人により発達段階はさまざまで、思春期後期にいたるまで、写字、模写が困難な状態が続く場合もありうること(資料番号3-9-199)も同時に報告されており、また、初期の書字の学習がストレスになることを防ぐことも重要である。本研究において、時期として2次元図形の模写が不完全な段階でWSの認知特性を生かした介入を試み、一定の効果を確認しえたことから、少なくともこの時期においての介入は、効果を期待できることが明らかとなった。
また、介入の具体的方法として、どの方法が効果的かという点に関しても一定の結果を得た。まず、従来の報告にと同様(資料番号3-9-165)、点の間の線を結ぶ課題で、色の情報を加えることにより、課題の遂行が可能になるという所見をそれぞれの参加者において確認できた。Sub.4を除き、点をグレースケールに戻したり、黒に戻すと模写に再び失敗することから、少なくともsub.1、2、3については彩色した点の課題による効果は練習効果によるものではないことが明白である。
以上より、漢字の習得をはじめとする他の模写の必要な課題においても、色の情報を加え、色にかかわる認知機能を応用することによって、習得の初期段階における漢字模写の遂行がよりやりやすくなる可能性が示唆されたといえる。
さらに、色を用いる場合でも、その提示の仕方により効果に差を認めることが明らかとなった。以前の1症例における検討(資料番号4-1-19)において、単に漢字を色分けして構成要素を明確にすることでは改善は得られず、下地を色分けした場合に、改善が見られたが、今回の検討でも同様の結果が得られ、結論として、下地を色分けする方法が有効であると考えられた。これは、構成要素を「どこに配置するか」が、色分けされた下地により、よりわかりやすくなったことで、課題の遂行が可能になったためと考えられる。本症候群の患者においては、発達経過のある段階において、漢字の構成要素の個々に注意が向きやすい状況よりも、構成要素に注意が向かない状態の方が大まかな形を形成しやすいことが報告されていることから、介入にあたっても、個々の構成要素を色分けして強調し、それぞれの要素への注意を向けやすくするのは得策ではなく、比較的得意な色の認知能力を空間配置の援助に用いること、すなわち下地を色分けする(エ)の方法がより有効な介入方法になりえたと考えられた。
また、さらに、今回の結果から、下地がグレースケールの場合(オ)は、色分けされた下地(エ)で改善を見た場合でも、再び模写に混乱をきたす所見が4例ともに確認されており(図1c〜4cオ)、有効な手段でないことが明らかとなった。グレースケールを用いた介入法が奏功しない理由としては、今後、より洗練された方法での検討が必要であるが、コントラストの違いに鋭敏であるとされる大細胞系と関連する背側経路が、WSでは障害されていると考えられることと関連する可能性も考えられ、興味深い。なお、介入効果を認めなかったグレースケールを用いた方法(オ)は、色分けされた下地(エ)を用いてパフォーマンスが向上した後に実施された結果であり、このことからも、色分けした下地を用いた場合(エ)の模写の改善は、単純な練習効果によるものでないことが明らかであるといえる。
今回の検討は一部の患者における一部の漢字模写において1回の介入効果を示すことができたにすぎない。しかしながら、以上のように(エ)の色分けした下地の介入法は、WSの認知特性に裏付けられたものと考えられ、なお、かつ、他の介入法と異なり唯一逆効果を認めなかった方法である。WS患者の漢字書字の練習にあたり、つまずきを認める場合には、このような介入方法を試みる価値はあると考える。
WSにおいては、脳科学の観点からその障害部位の同定がさらに細かく進みつつある(資料番号3-9-109、3-9-84)。背側経路の機能のひとつである視空間認知障害について、parietal lobeの中でも、supra- parietal lobuleおよびintraparietal sulcus周辺に限局して、その責任領域が推定されており、MRI画像による検討により、superior parietal lobule(資料番号3-9-109)やintraparietal sulcusの灰白質容量が減少していること、また、fMRIを用いた脳機能画像の検討により、機能的にもその部位の活動が低下していることなどが確認されている。腹側経路の機能は背側経路に比して必ずしも保たれているわけではないとの報告もあり、また、視空間認知以外の様々な病態についての検討も必要であることから、本症候群のメカニズムについては、今後のさらなる検討を待つ必要があるが、WSにおいて、認知のばらつきがあることは一貫する知見である。本研究におけるような、「得意な」認知領域を生かして「不得意」な分野の課題遂行を改善する援助をする手法は、本症候群患児らの療育において、さらに検討する価値があると考えられる。
さらに、WSの視空間認知に類似する症状は他の疾患でも認められることが報告されている。痙性両麻痺を示す未熟児群において漢字書字につまずき示す例があることをKoedaらが報告している。また、Atkinsonらは脳室周囲白質軟化をともなう早期産児において、視空間認知、運動、注意、実行機能の障害の症状があることを示し、背側経路とその連絡経路の障害を示唆している。また、Braddickらも、WSのみならず、早期産児、fragile X患者らにおいても発達の過程の中で背側経路の障害をより受けやすいとし、dorsal stream vulnerabilityという概念を提唱している。これらの疾患における症状とWSのそれとの病態メカニズムの異同については、今後のさらなる検討が必要であろうが、背側経路の障害にいたるメカニズムは様々でも、結果としてWS類似の背側経路の障害症状、特に視空間認知障害の症状を示すことは注目に値する。このような症状を持つ児らに対し、視空間認知の症状を客観的に評価することにより認知領域の得意不得意を明らかにした上で、本報告に参加したWS患児らと同様の傾向を示すのもがあれば、WSで有効であった介入法を少なくとも試みる価値があるのではないかと考えられる。
本論文の要旨は第51回日本小児神経学会総会(2009年5月、米子)において発表した。
本研究の遂行にあたり、研究に参加して下さった被験者の皆様に深謝する。
本研究は厚生労働省精神・神経疾患研究委託費19指-8「神経学的基盤に基づく発達障害の診断・治療ガイドライン策定に関する総合研究」の援助を得て実施された。
目次に戻る