ウィリアムズ症候群(研究と評価と治療)
ウィリアムズ症候群に関わる専門家向けの本がアメリカで出版されました。目次と各章の概要部分を翻訳しました。
小見出しの中で内容を知りたい項目があればお知らせください。できる範囲で内容を紹介します。
(2006年9月作成)(10月、11月、2007年1月、2月、4月、5月、2008年5月追加)
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Williams−Beuren Syndrome
Research, Evaluation, and Treatment
Edited by Collen A. Morris, M.D., Howard M. Lenhoff, Ph.D., and Paul P.Wang, M.D.
ISBN 0-8018-8212-5 (2006年)
目次
T.分子医学と遺伝学分野の研究
U.行動神経科学分野の研究
第1章 ウィリアムズ症候群の異形症と遺伝子と自然史(3〜17ページ)
一般的に症候群の研究は段階的に進展することが多く、それにしたがって徐々に知識が増加していく。
- 発見:家族の一員に発生した形成異常や機能の異常に関する特徴あるパターンに医療関係者が気付く。その後血縁関係に無い患者でも同じパターンが確認される。
- 定義:(a)さらに多くの患者が臨床的に確認されるに従い、臨床医や研究者は共通的にみられる関連特徴を明らかにし、臨床的診断基準を確立する。(b)総括的な診断カテゴリーに対して鑑別診断方法が確立される。例えば、「精神遅滞と先天的心疾患を呈する症候群」というように。
- 自然史:研究者は患者の一生にわたる症候群の特徴のカタログを作成する。ここには、年齢・性別・受けた治療などの環境要因と関連する臨床的表現型が記述される。
- 病因/描写:研究者が症候群の原因を発見する。病因の種類には催奇形物質・突然変異遺伝子や染色体異常などが含まれる。病因が明らかになることで確定診断検査や症候群の病原を研究するための手がかりが得られることが多い。
- 遺伝子型と表現型の関連:臨床的に診断された患者群を調査する。研究者は診断のための客観的検査法を使って、分布の両極端(軽度と重度)を検知して症候群の再定義を行う。表現型の範囲がより正確に評価できる。研究者は特定の遺伝子の突然変異・遺伝的背景・環境状態の変動・変性された遺伝子の活動などに関連する表現型のばらつきを研究する。もし、異なる遺伝子の突然変異が同じ臨床的症候群で発見されれば、遺伝子の異質性が表現型に現われている可能性がある。
この第1章ではウィリアムズ症候群に関する医学的・遺伝学的な歴史を概観する。
第1章の小見出し一覧
- 発見:3ページ
- 定義:5ページ
- 自然史:8ページ
- 病因/描写:10ページ
- 遺伝子型と表現型の関連:12ページ
- 臨床的関連:12ページ
- これからの方向:13ページ
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第2章 多臓器疾患の分子学的原理(18〜58ページ)
ウィリアムズ症候群は染色体の欠失が原因だと判明(Ewartら,1993)してから10年以上が経過したが、症状の多くはいまだにその分子学的原理は未解明のままである。これは研究者がさぼっていることを示しているわけではない。少なくとも26個の遺伝子が共通欠失領域で発見されており、もしあるとすれば、これらの遺伝子がウィリアムズ症候群の病因に果たしている役割を明らかにする研究が進行中である。これらの遺伝子の多くは動物モデルが作成され、遺伝子がウィリアムズ症候群の複雑な表現型に与える影響を評価研究している。いくつかの遺伝子においては特定の蛋白質の機能に関する興味深い洞察が得られている。さらに、ウィリアムズ症候群の染色体そのものも研究対象となっており、最近の成果からは、この領域が過去に遺伝子的組換えを被った結果、染色体が欠失しやすくなっている、あるいは臨床症状に関連しやすくなっていることが判明している。
第2章の小見出し一覧
- 7q11.23に存在するウィリアムズ症候群領域:18ページ
- 候補遺伝子の機能分析:30ページ
- エラスチン(Elastin:ELN)
- FK506結合タンパク6(FK506 Binding Protein 6(FKBP6))
- Frizzled 9(FZD9)
- LIMキナーゼ1(LIM Kinase 1(LIMK1))
- 細胞質リンカー 2(Cytoplasmic Linker 2(CYLN2))
- ウィリアムズ症候群染色体領域14(Williams-Beuren Syndrome Chromossome Regieon 14(WBSCR14))
- Bromodomain Adjacent to a Leucien Zipper 1 B (BAZ1B)
- Syntaxin 1A(STX1A)
- 基本転写因子 2I遺伝子ファミリー(General Transcription Factor 2I Gene Family(GTF2I and GTF2IRD1))
- ウィリアムズ症候群染色体領域の逆転:41ページ
- 臨床的関連:43ページ
- これからの方向:44ページ
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第3章 遺伝子型と表現型の関連(59〜82ページ)
表現型は識別や測定が可能で、遺伝子型(遺伝で受け取ったDNAコード)と環境の相互作用の結果として個人が有する特徴である。遺伝子型と表現型の関連に関する研究は、特定の遺伝子がある個人の特定の構造表現あるいは機能表現に与える振る舞いを明らかにすることを目的としている。この種の探索の成果を考える前に、遺伝子型=表現型という等式の両辺における変数の役割を理解することが重要である。
遺伝子は一対の染色体に乗っており、一連のDNA塩基対から構成されている。この塩基対は情報がコードされた複数の領域(エクソン:exons)とそれを隔てる意味のない領域(イントロン:introns)で構成されている。遺伝子の中にはその配列が進化的に保存されているものがあり、種間でほとんど違いがみられないこともある。一般的な配列とは塩基が一つだけ異なっていることを多型(ポリモーフィズム:Polymorphism)という。多型は中立的で遺伝子の機能に影響を及ぼさないこともあるが、表現型を変化させる原因となる突然変異を表す可能性もある。医学分野においては、表現型上の有害な突然変異を識別することによって、正常な機能や発達に関する知見が得られる。遺伝子上の突然変異の位置とタイプによってその遺伝子発現の変化が決まる。例えば、途中に停止(stop)コドンが挿入されると対立遺伝子が無効化されてしまい、一対の遺伝子の片方が発現しなくなる(ハプロ不全)。あるいはまた、ミスセンス変異はタンパク質の生成に影響を与え、構造的に異常なタンパク質を作り出して細胞や内臓器官におけるタンパク質の正常な機能を妨げたり邪魔をしたりする。同じ遺伝子でも突然変異の内容が異なれば臨床的に異なる症候群につながる。例えば、エラスチン遺伝子(ELN)に影響を及ぼす突然変異には様々なタイプがあるが、それらは次のように、一部重なってはいるものの異なる表現型を示す;皮膚弛緩症(cutis laxa:OMIM【Online Mendelian Inheritance in Man catalogue number】123700)、大動脈弁上狭窄(supravalvular aortic stenosis:OMIM 185500)とウィリアムズ症候群(Williams−Beuren syndrome:OMIM 194050)である。さらに、遺伝子は異なる臓器の中では発現方法が異なる(多面作用:pleiotropy)ため、ある突然変異がある臓器には影響を与えるが、別の臓器には顕著な影響を与えない可能性もある。異なる遺伝子の突然変異が同じ臨床的表現型を示した場合、別のタイプの遺伝子変異である、遺伝子あるいは対立形質の不均一性が発生している。同じ臨床的症候群を示す突然変異遺伝子群は同じ代謝系あるいは発生カスケードに属していることが多い。
表現型にも特徴的な変異があり、特定の個人における突然変異遺伝子の発現はいくつかの要素によって影響をうける。環境的修飾要素には、胎児期の暴露、社会経済的な背景、教育機会、栄養状態や医学的治療などが含まれる。表現型の特徴の多くは、発達過程や加齢の効果により時間的に変化する。特定の突然変異に関する遺伝子型−表現型の関連を解析する場合、ヒトよりも遺伝的に均一な実験動物のほうが明らかになりやすい。ヒトの場合は個人の特殊でかつ明らかになっていない遺伝的背景の中で注目する突然変異が発生するからである。最後に、遺伝子の発現は後成的な影響も受ける。例えば、患者の性別によって発現が影響を受ける特徴もある。成長や行動に影響を与えることが多い刷り込みを受けた遺伝子はもう一つの例である。この対立遺伝子の発現は、その遺伝子を受け継いだのが母親からか父親からかで異なるからである。
この章では、第7染色体のウィリアムズ症候群染色体領域(WBSCR)に存在すると報告されている遺伝子型の変異およびそこから導出された表現型を記述し、現在判明しているヒトの遺伝子型−表現型の関連について考察する。
第3章の小見出し一覧
- ELN突然変異に関連する臨床的表現型:60ページ
- 大動脈弁上狭窄
- 皮膚弛緩症
- ウィリアムズ症候群
- 後成的及びゲノム的要因:65ページ
- 長い欠失:68ページ
- 短い欠失:69ページ
- 通常のWBSCRのテロメア側ブレイクポイントを含む短い欠失
- テロメア側ブレイクポイントを含まない短い欠失
- ウィリアムズ症候群責任領域への欠失のマッピング:72ページ
- 臨床的関連:74ページ
- これからの方向:75ページ
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第4章 ウィリアムズ症候群のこどもに対する医学的対応方法(83〜106ページ)
ウィリアムズ症候群のこどもにとって、早く診断と対応を受けることによって人生の質と生命予後の向上につながるとともに(全米小児科学会遺伝委員会、2001)、家族や社会にとっても良い効果を生む。最適な医学的、教育的、社会的援助を受けることで、ウィリアムズ症候群のこどもたちは人生を全うすることができる。診断を受けた時点で早急かつ予測的な対応を開始すべきである。かかりつけの内科医にはウィリアムズ症候群に合併する様々な症状への対応方法に精通した医師はほとんどいないので、全米小児科学会はウィリアムズ症候群のこどもの治療に当たる小児科医の手助けになるように、経験豊かな小児科医グループが編集したガイドラインを出版している(全米小児科学会、2001)。内科医と両親は北米のいくつかのセンターに設立されたウィリアムズ症候群に関する包括的クリニックにいる専門家相談することもできる。複数の専門領域からなるウィリアムズ症候群クリニックには、循環器科・遺伝科・発達小児科・腎臓科・泌尿器科・哺乳および栄養科・行動小児科・眼科・整形外科・歯科・精神科・婦人科・神経内科・神経放射線科・理学/作業/言語療法の専門家が集結しており、統合された早期かつ予測的な治療とアドバイスを行う。年齢や医学的症状に従って外来で1日か2日程度の適切な検査を1年から3年おきに行う。ウィリアムズ症候群の専門医と家族とかかりつけの医師の間で緊密な連絡体制を築くことが、このこどもたちの成果を最大限に引き出すことにつながる(P.Kaplanの未発表の観察内容)。
第4章の小見出し一覧
- 消化器系、摂食、食事:83ページ
- 高カルシウム血症:85ページ
- 中枢神経系と結合組織:86ページ
- キアリ奇形T型:88ページ
- 学習、教育、自立:88ページ
- 気質と行動:89ページ
- 睡眠:89ページ
- 耳および聴覚:90ページ
- 発作:90ページ
- 眼:90ページ
- 循環器系:91ページ
- 動脈狭窄
- 高血圧
- 脳卒中
- 循環器疾患に対する対応方法
- 泌尿器経路:93ページ
- 異常
- 腎石灰化症
- 尿排泄コントロール能力
- 腎臓系の対応方法
- 治療方法
排尿筋収縮を抑制できない症例は、一般的に経験豊かな腎臓専門医や泌尿器科医による排尿訓練法(bladder retraining)か、オキシブチニン(oxybutynin)やヒヨスチアミン(hyoscyamine)などの抗コリン薬物両方で解決される(Schulmanら.1996)。こうすることで、頻尿や昼間の失禁などによって当惑する可能性を減らすとともに、憩室症の発達を防止できる。慢性血液透析や腎臓移植が成人患者に成功裏に実施されている。
- 成長と思春期:95ページ
- 甲状腺機能:97ページ
- 歯牙:98ページ
- 麻酔への反応:98ページ
- 遺伝と遺伝カウンセリング:99ページ
- 臨床的関連:継続的な評価と検査に関する勧告:100ページ
- これからの方向:101ページ
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第5章 ウィリアムズ症候群における循環器疾患(107〜124ページ)
ウィリアムズ症候群に合併する循環器系症状の範囲は、この病気に気がつきその特徴を記述すること、そして根底にある分子遺伝学的病因の解明につながることで、とても重要である。全体を展望するために、ここでは家族性大動脈弁上狭窄症とウィリアムズ症候群の関連に関する研究を概説する。更に詳しい説明は第1章に書かれている。現在では大動脈弁上狭窄が、エラスチン遺伝子を含む染色体領域7q11.23の欠失や突然変異によって引き起こされるより広汎な動脈症(エラスチン動脈症)の一症状に過ぎないことが判明している。
上行大動脈の狭窄が一番大きな特徴である大動脈弁上狭窄はほとんどの場合、孤発性上染色体優性の形質(家族性大動脈弁上狭窄症)、あるいはウィリアムズ症候群の一症状として発見される。1961年、ニュージーランドの心臓医であるJ.C.P.Williamsは、血縁関係にない4人のこども達に、特徴的な顔貌・発達遅滞・一般集団にはほとんど見られない循環器疾患である大動脈弁上狭窄症が共通に見られることを報告(Williamsら. 1961)した。染色体領域7q11との関連が家族性大動脈弁上狭窄症を持つ2つの家系で初めて発見された(Ewartら. 1993b)。さらに、大動脈弁上狭窄と、t(6;7)(p21.1;q11.23)という相互転座(その結果、エラスチン遺伝子(ELN)が破壊された)を同時分離した家系から、家族性大動脈弁上狭窄症は7q11.23にあるエラスチン遺伝子の突然変異が原因であることが判明した(Currentら. 1993; Morrisら. 1993)。エラスチン遺伝子に含まれる様々なタイプの突然変異が別の家族性大動脈弁上狭窄症の家系から発見され報告されている(Ewartら. 1994; Liら. 1997; Tassabehjiら. 1994)。最後にウィリアムズ症候群においても、染色体領域7q11.23に存在する1.5Mbから2.0MbのDNAセグメントが新規に半接合微小欠失することが原因のエラスチン遺伝子座の半接合の存在が示された(Ewartら. 1993a)。以上をまとめると、エラスチン遺伝子の突然変異が家族性大動脈弁上狭窄症の原因であるのに対し、染色体領域7q11.23を含む新規半接合微小欠失がウィリアムズ症候群の原因の大部分を占める。この微小欠失には、循環器系疾患の原因となるエラスチン遺伝子、そして循環器系以外のウィリアムズ症候群の症状に寄与しているその他20個の遺伝子が含まれる。エラスチン遺伝子の異常を含む分子遺伝学的病因が一致しているため、家族性大動脈弁上狭窄症とウィリアムズ症候群の循環器系疾患は臨床的にも病因学的にも識別が困難である(O’Connorら. 1985)。
エラスチン動脈症に関連する大動脈弁上狭窄やその他の循環器系疾患はウィリアムズ症候群の患者における治療対象の重要な症状である。特徴的な循環器の狭窄、特に大動脈弁上狭窄の存在は、ウィリアムズ症候群の早期発見に寄与しており、男児においてその貢献度が高い(Sadlerら、2001)。小児循環器医は循環器系狭窄、特に大動脈弁上狭窄(SVAS)と末梢性肺動脈狭窄(PPS)の存在に基づいて、ウィリアムズ症候群の疑いを持ったり確定診断を出すことに慣れてきている。エラスチン動脈症の臨床的重要性は、循環器ある症状の場所と程度に依存する。例えば、大動脈弁上狭窄においては、Valsalva洞と上行大動脈の接合部(sinotubular junction)が肥厚して内腔が狭まり、左心室拍出経路の障害になり、左心室肥大を引き起こす。肺動脈枝の狭窄は右心室高血圧や右心室肥大を引き起こす。腎動脈狭窄は腎血管性高血圧につながる。まれではあるが、冠動脈狭窄は心筋虚血や心筋梗塞や突然死を引き起こす。脳動脈の狭窄は卒中の原因となる。
第5章の小見出し一覧
- 大動脈弁上狭窄とエラスチン動脈症:109ページ
- エラスチン動脈症:臨床的関連:111ページ
- 大動脈弁上狭窄
- 肺動脈弁上狭窄と末梢性肺動脈狭窄
- 両室性拍出経路妨害
- 中部大動脈症候群を含む動脈縮窄
- 冠動脈狭窄と心筋梗塞
- 脳動脈狭窄と脳循環器系の事故(卒中)
- 腸間膜動脈狭窄
- 腎動脈狭窄と高血圧
- 血管性ではない先天性心疾患:119ページ
- エラスチン動脈症:病態生理学120ページ
- 循環器系疾患の臨床的関連:121ページ
- これからの方向:121ページ
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第6章 ウィリアムズ症候群の成人のEBM(根拠に基づく医療)(125〜143ページ)
40年ほど前に、ウィリアムズ症候群が独立した臨床的疾患として最初に認知されてからずっと、医学文献のほとんどがこの疾患をもつ子どもにみられる問題に焦点を当ててきた。特異的診断方法が最近になって利用可能になり、刊行物や一般大衆の間におけるウィリアムズ症候群に対する認知度が高まり、さらにウィリアムズ症候群の成人の自己権利擁護(自己決定)要求が出てくるようになって、この疾患をもつ成人の問題にも関心が向けられ始めている。幼少の頃に明らかになっているウィリアムズ症候群に合併する医学的問題の多くは成人してからも持続するが、成人特有と思われる問題も表れる。さらに、ウィリアムズ症候群の成人においては感情的あるいは精神的な問題の程度が変化することが非常に多く、これらは付随する医学的問題よりも患者の人生の質に与える影響が大きいことが多い。
ウィリアムズ症候群の成人の寿命に関する研究報告はない。しかし、高齢のウィリアムズ症候群患者に関する報告が医学文献に見られ、われわれの病院にも来ていることから、長寿が期待される。ウィリアムズ症候群成人の人生の質及び寿命は適切な医療サポートを受けることで向上する可能性がある。この章で推奨する医療サポート情報は、公開されている医学論文に掲載された発見を基に、われわれ自身の研究や臨床的経験を加えたものである。ウィリアムズ症候群の成人に関して発表されている医学文献のうちのいくつかは10年以上前のものであるが、これらは医学的治療に関する重要な情報源を構成しているので、本章で引用する。
第6章の小見出し一覧
- ウィリアムズ症候群の成人の概観:125ページ
- 眼の問題:126ページ
- 耳鼻咽喉/聴覚の問題:127ページ
- 歯の問題:128ページ
- 循環器の問題:129ページ
- 消化器の問題:129ページ
- 内分泌の異常:130ページ
- 泌尿生殖器の異常:132ページ
- 筋骨格の異常:132ページ
- 外皮の問題:133ページ
- 神経の問題:134ページ
- その他の医学的関心事項:135ページ
- 生殖に関すること
- ガンのスクリーニング
- 寿命と突然死
- 早老の可能性
- 行動と精神の健康:136ページ
- これからの方向:137ページ
- 補遺:138ページ
ウィリアムズ症候群成人の医学的モニターに関する勧告
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第7章 ウィリアムズ症候群における行動神経科学:概説(147〜158ページ)
ウィリアムズ症候群の神経行動学的特徴はこの症候群に関する最も古い文献にも記述されている。ウィリアムズ症候群を最初に記録した内科医は、この症候群に合併する認知や行動に関して大雑把な記述を行っただけであるが、彼が行った一連の観察内容は数十年にわたって進歩しかつ洗練された神経行動学的手法で研究されてきた。1990年代末、神経行動学の学際的特徴とその洗練された手法が増えるにつれて、ウィリアムズ症候群に関する神経行動学的研究は急速に発展した。実際に、ウィリアムズ症候群を取り上げた文献をみると、認知神経科学分野の発展は心理学と神経解剖現象学的研究から出発し、発達過程における遺伝子と神経生物学と環境の相関に関する研究に移行していることがわかる。心理学や生物学の方法論の進歩もまたウィリアムズ症候群を取り上げた文献にその姿を現す。初期の研究の多くは、技術的なメリットと理論的な厳格さによって後の研究に取って代わられる。
ウィリアムズ症候群に関する心理学者や神経科学者の興味は、全般的認知、視空間認知、言語、社会感情的特徴などこの症候群にみられる印象的なプロフィールに起因する。このプロフィールは偶発的な観察で明らかになっているが、内容を解明するには厳格な研究が必要である。最も有望と思われる理論的展望はウィリアムズ症候群に関する論争へのヒントを発見できることであり、生物医学研究者はウィリアムズ症候群の中に、複雑な認知機能の基礎を見出そうとしている。これらの研究の成果の一つに、ウィリアムズ症候群の診断を受けた患者が少ないにもかかわらず、この症候群に関する研究の量自体が飛びぬけて多いことがあげられる。本章では、後の章に出てくるウィリアムズ症候群の行動神経学的議論の準備として理論的及び歴史的側面(1990年代半ばまで)を述べる。合わせて、過去のものや他では紹介されていない参照文献などの情報ソースも提供する。
第7章の小見出し一覧
- 初期の観察:148ページ
- 全般的認知能力:148ページ
- 言語:149ページ
- 視空間認知:151ページ
- 社会的認知と社会的行動:152ページ
- 記憶と音楽:153ページ
- 臨床心理と行動医学:154ページ
- 神経生物学と遺伝子:155ページ
- これからの方向:155ページ
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第8章 ウィリアムズ症候群における言語能力(159〜206ページ)
ウィリアムズ症候群の研究において、最も多くの論争を引き起こしているトピックスは言語能力、特に非言語的な認知能力に比較した場合である。ベルージ(Bellugi)がウィリアムズ症候群の成人を対象に行った先駆的な研究によれば、彼女と共同研究者たちはウィリアムズ症候群には健全な言語能力と重度の認知障害の間に乖離が見られると報告している(例:ベルージら1988)。特に、ウィリアムズ症候群の患者は受身・条件節・関係詞句・付加疑問文などの複雑な統語構造を正確に使える。彼らは類まれな語彙を使いこなす能力も有している。同時に、重度で根の深い精神遅滞でもある。ベルージらはこれらの能力と障害が形成するパターンは、言語能力(あるいは言語モジュール)が認知能力(あるいは認知モジュール)から独立していることを示すと主張した。大脳右半球(頭頂)損傷をウィリアムズ症候群の最適なモデルとするベルージの立場は、ウィリアムズ症候群をモジュール性議論の真只中に放り込んだ。その結果、それまでウィリアムズ症候群という単語を聞いたこともなかった研究者たちがウィリアムズ症候群の研究に精力を傾けるようになった。研究の成果はウィリアムズ症候群の患者、家族、そして彼らのサポートをしている専門家達に多大な恩恵をもたらした。ベルージがこの症候群に研究者の注目を集めなかった場合に比べれば、認知能力や言語能力に関して非常に多くの知見が得られている。
同時に、現在の研究者の多くはベルージの最初の主張した両側面とも正しくないと思っている。言語能力は長所ではあるが、決して「健全」とは言えない。さらに視空間構成能力を除けば、ほとんどの非言語的認知能力の障害は軽度に留まる。少数の研究者がモジュール性の観点からウィリアムズ症候群の研究に取り組んではいるが、最近の研究者のほとんどはウィリアムズ症候群が発達障害であるという仮定から出発し、最適なモデルも発達障害病だと認識している。さらに、ウィリアムズ症候群は遺伝子病であるという概念から、ウィリアムズ症候群の患者は脳の発達が典型例からはずれている可能性を検討している。その結果、ウィリアムズ症候群の患者は正常に成長した人と能力レベルが同じだとしても、同等の能力レベルは異なる発達プロセスが強調された結果である可能性がある(Karmiloff-Smithら、2003、Mervis 2003)。
本章では、両面からウィリアムズ症候群患者の言語能力に関する最近の研究について概観する。非言語的認知能力に関する最新の研究についても言語能力の観点から簡単にレビューを行う。
第8章の小見出し一覧
- 標準的評価テストの成績:160ページ
- Differential Ability Scale
- Kaufman Brief Intelligent Test
- Mullen Scale of Early Learning
- Peabody Picture Vocabulary Test(Third Edition) and Expressive Vocabulary Test
- Test of Relational Concept
- Test for Reception of Grammar
- 初期言語獲得:164ページ
- 横断的比較:ウィリアムズ症候群とダウン症候群
- 語彙・文法・認知能力間の長期的関係
- 語彙的発達と認知能力発達の間の特定の関係
- 意味論:176ページ
- 語形論:180ページ
- 英語における語形論
- ハンガリー語における語形論
- ヘブライ語における語形論
- 統語論:185ページ
- 発達過程:191ページ
- グループ間の比較:ウィリアムズ症候群とダウン症候群
- グループ内の比較:ウィリアムズ症候群
- まとめと実用的な意義:194ページ
- これからの方向:197ページ
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第9章 空間認知の特徴と崩壊と維持:ウィリアムズ症候群から学ぶこと(207〜236ページ)
こころの構造に興味を持つ認知科学者からウィリアムズ症候群が最初に注目されたのはちょうど15年前である。この希少症候群に関する最初の報告書は、ウィリアムズ症候群が言語と空間認知に関する認知システムに乖離がある症例である可能性があることを示唆した。すなわち、こころと脳の機構に関する洞察を提供できる可能性があった。もし、遺伝子起因の症候群において目標となる特定の認知機能が選択的に障害されているがその他の機能は正常だとすると、これは遺伝子と認知の間の関連を示す問題に初めて楔を打ち込むことになる。
この問題の重要性は萌芽的な研究に出会ったことである。この研究は新しい方向に素早く進んでいる。新たな洞察を得たことで、ウィリアムズ症候群の認知機能を理解するための基盤も変化してきた。最初は「二つの認知機能の乖離」という単純な仮説から始まったが、各機能にどのような障害が存在しているのか、していないのか、また、機能全体がばらばらに崩れているのか、あるいは選択的なのか、というような複数の仮説に発展してきた。最も明白なことは、ウィリアムズ症候群の患者の認知機能を完全に理解するためには、正常な発達を遂げた人を対象にする場合でも同様であるが、継続的で注意深く計画された実験と創造的な理論構築を必要とすることである。これを理解できれば、こころと脳の正常な発達の自然歴を解明することにもつながる。
この章では、遺伝子的標的となった特殊機能という最初の考え方を証明する最近の発見を紹介する。ただ、それらが特殊化に関するもっともらしい候補ではあるものの、認知機能の発達は様々なレベルで起こり色々なメカニズムを採用していることで、これらの発見は幾分弱められる。発達過程のデリケートな一連の手続きの間に発生したほんのひとつかふたつの小さな誤りが、正常に発達した子どもに見られる「いわゆる」正常なプロフィールとはまったくかけ離れた認知能力につながる可能性もある。重要なことは、異なった認知能力が何を反映しているかである。それらは変化した遺伝子的素因から必然的に導き出される量的な機構の差異を反映しているのであろうか? あるいは、変化した遺伝子的素因の影響を免れて生き残ったが高度に制約された機構から発展した正常な構造を反映しているのであろうか? もし、後者が正しいとすると、どうすれば能力の差を説明できるのだろうか?
能力を厳密に検査することで、ウィリアムズ症候群患者に残されている認知構造のかなりの部分を明らかにすることができる。能力における差(通常は精神年齢を一致させた子どもに比べてウィリアムズ症候群の子ども達の「劣っている」成績を反映している)は、全般的に記憶や注意を必要とする課題に関して最も顕著に現われる。それに比べて、成績が類似している場合は認知機構が維持されていることを反映している。これらには量的な認知に関する成績や全般的な認知成績が含まれており、これはウィリアムズ症候群においては認知機能の基本的特性が維持されていることを示している。
ウィリアムズ症候群における空間認知機能を理解する重要な鍵(つまりは、正常な発達においても重要になる)は、自然な認知機構がどのようなものか、彼らが通常はどのような機能を利用しているのか、さらにどうすればその機能に余計な複雑さを追加しないで可能な限り直接それらを模倣できるかにかかっている。我々がこの見方で空間表現を調査したところ、ウィリアムズ症候群における機構の大部分は維持されていることが明らかになった。このように機能が維持されていることは、遺伝子的障害を有する環境下においても空間認知機能の正常な特殊化が導き出されたことを示している。
空間表現や空間言語に関して我々が実施した研究プログラムから得られたデータを示す。このデータはウィリアムズ症候群における空間機能の大部分は維持されているという我々の意見を支持するもので、物体認知と識別に関する認知サブシステム、生物運動知覚、空間言語を含んでいる。同時に、空間認知機能の複雑な段階的連鎖効果も示している。この連鎖の結果、明確に定義されたほんの小さな弱点が最終的には大きな障害として成績に現われることも示している。障害は異常な機構ではなく小さな不適応が原因であり、それが負のスパイラルを滑り降りるがごとく最悪の結果を引き起こしている。
第9章の小見出し一覧
- 積木模様構築課題:成績に関する基本的事実:208ページ
- 空間認知機能の特殊化と維持:210ページ
- 物体表現
- 生物運動知覚
- 空間言語
- まとめ:特殊化と維持
- 再度積木模様構築課題:なぜ障害されているのか:224ページ
- 臨床的関連:231ページ
- これからの方向:232ページ
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第10章 ウィリアムズ症候群の社会的認知(237〜253ページ)
ウィリアムズ症候群の子どもや成人に関する最も印象的でほほえましい様相は特徴的な性格プロフィールである。ウィリアムズ症候群の人々はヒトや共感できる関心事に対して強い興味を持っており、非常に社会的である。これらは両親が語る逸話や臨床報告、そして最近行われた組織的な調査研究(Jonesら 2000、Mervis and Klein-Tasman 2000)などに記録されている。このような性格が、比較的損なわれていない言語能力や言語コミュニケーションにおける高い表現能力(Reillyら 1990)や外向的で愛情深く友好的な人間性(Gosch and Pankau 1994)と相まって、ウィリアムズ症候群の人々は実社会で上手くやっていけるように思えるかもしれない。しかし、大人になるまでにウィリアムズ症候群の人々の大半は社会的交際や相関関係を確立して維持することに様々な失敗を重ね、その多くは重度の不安症を発症したり、社会的孤立を経験している(Daviesら 1998、Dykens and Rosner 1999、Udwin and Yule 1991)。
ウィリアムズ症候群の人は幼少の頃から社会的行動面においてヒトに対する継続的で強い興味や愛着を示すにもかかわらず、交友関係を構築して望ましい友人関係を維持することが困難であることが児童期中期までにはっきりする。ダイクンズとローズナー(Dykens and Rosner 1999)が指摘しているように、ウィリアムズ症候群には、表現型的複雑さ、すなわち社会的引きこもりや不安症や友人関係構築の問題が友好的で愛想の良い情緒豊かな態度と共存するという社会的相互作用(159)における矛盾した記述を伴う。
このようにウィリアムズ症候群の人々に関する行動や性格プロフィールに関する最近の研究によって、社会性や感情移入能力は高い一方で社会的相互作用が下手で社会的機能に問題を抱えているという逆説的な組み合わせを示唆する複雑な様相があることがわかってきた。このように社会的相互作用に関する強い性向があるのに社会的な所産しか達成できない理由を説明するため、我々はウィリアムズ症候群の人々の社会的認知能力の様々な側面を探求した。この章では、現在取り組んでいる研究プログラムから得られた成果を紹介する。このプログラムにはウィリアムズ症候群の子どもや青年・成人の心の理論(あるいはmentalize能力)に関する組織的調査研究が含まれている。
第10章の小見出し一覧
- 社会的認知と社会的機能における心の理論の重要性:238ページ
- ウィリアムズ症候群における社会的認知と心の理論の重要性:241ページ
- ウィリアムズ症候群の心の理論に関する基本的技能
- ウィリアムズ症候群の心の理論に関する高度な技能
- 社会的知覚能力
- 結論と臨床的関連:249ページ
- これからの方向:250ページ
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第11章 遺伝子疾患の認知発達研究における理論的関連:ウィリアムズ症候群の事例(254〜273ページ)
15年ほど前、特定の遺伝子病に関する研究は以下の3つの重要な理論的結果が期待できそうな状況にあった。(1)異なる認知機能間の乖離の証拠、特に言語と認知機能の乖離、(2)ヒトの心に関する生得的な機能モジュールが存在することの証拠、(3)高次認知モジュールにおける特定の障害と変異遺伝子の直接的なマッピングである。この初期の興奮はよく理解できる。例えば、自閉症・失読症・特異言語障害などに関連する遺伝子はまだ特定されていなかったが、これらの発達障害において遺伝的要素が存在することが双子の研究から明らかになっていた(Bishop 2001)。これらのグループにおいて認知機能の乖離が見られることがわかった時に、これらはゲノムがヒトの心の機能のモジュール性をどのようにして事前に決定しているかに関する包括的な主張に用いられた。自閉症に見られる不完全な心の理論モジュール(Leslie 1992;Baron−Cohen 1998)、失読症における音韻モジュール(Frith 1995)、ある種の特異言語障害に見られる不完全文法モジュールなどである。
しかし、言語学者・哲学者・心理学者・神経科学者の注目を集め、認知機能の乖離・モジュール性・遺伝子型/表現型の直接的マッピングに関する強い仮設を導き出したのは神経発達病の一種であるウィリアムズ症候群であった。実際、ウィリアムズ症候群の青年や成人は非常に熟達した言語能力と傷害された全般的認知能力を併せ持っていることが発見された。次に特徴的に述べられているように、ある研究者によるとこれは言語と全般的認知能力の乖離を示唆している。
ウィリアムズ症候群は障害がある心的能力と損なわれていないそれが見事に同居している。ウィリアムズ症候群において、言語能力は維持されているが、問題解決能力は視空間認知能力は障害を受けている(Rossen et al. 1996)。
知能指数を測定すると50前後であるにもかかわらず、ウィリアムズ症候群の年長の子供や青年は、統語や文法能力の選択能力において正常な対照群と同等の素晴しい言語能力を持っている。これは認知機能に重度の障害ああるにもかかわらず言語能力が維持されている事例の一つである(Pinker 1991)。
そしてこの症候群に関する遺伝的基礎情報が明らかになるにつれて、特定の遺伝子と表現型の直接の関連が判明することが予期された(Frangiskakis 1996)。
この章では、最終表現型におけるアンバランスな認知機能を呈する症候群を発見したという興奮状態において、研究者達が典型的な集団と非典型的な集団における説明要素、すなわち実際の個体発生的発達プロセスを見失ったことを議論する。我々の意見では、このような間隙は発達障害に関する研究でよく見られることである。矛盾しているように思えるかもしれないが、研究者が子どもを研究しているときでさえ、彼らは成熟した脳を持つ成人の神経心理学的モデルに帰着する傾向があり、乳児期からのゆっくりとした発達過程がその後の表現型的表出にどのような影響を与えているかを考慮に入れない傾向がある(Karmiloff-Smith 1992,1997,1998; Thomas and Karmiloff-Smith 2003)。ここで我々は、ウィリアムズ症候群の成人や子どもにおける言語・社会認知機能・顔認識・空間認知・数などに関する研究に関して議論を進める。高次の認知機能に関する直接的な遺伝子型/表現型のマッピングに関しても議論する。我々はこのようなマッピングは非直接的であり、乳児や子どもの表現型におけるもっと低次の障害が発達との相互作用の結果成人の異なる表現型表出に現われるをことを解明することが必要だと信じている。
第11章の小見出し一覧
- ウィリアムズ症候群の成人や青年における表現型:255ページ
- ウィリアムズ症候群の最終状態における言語
- ウィリアムズ症候群の最終状態における社会的認知機能
- ウィリアムズ症候群の最終状態における顔認識及び視空間処理
- ウィリアムズ症候群の最終状態における数処理
- ウィリアムズ症候群の幼児における表現型:260ページ
- ウィリアムズ症候群の最終状態における言語
- ウィリアムズ症候群の最終状態における社会的認知機能
- ウィリアムズ症候群の最終状態における顔認識及び視空間処理
- ウィリアムズ症候群の最終状態における数処理
- なぜ遺伝子型/表現型の探索において発達が重要なのか:262ページ
- ウィリアムズ症候群表現型の計算モデル:263ページ
- その他の発達障害に関する将来の研究に与えるウィリアムズ症候群研究の関連:265ページ
- 口蓋・心・顔面(Velocardifacial)症候群
- 脆弱X症候群
- 結論とこれからの方向:267ページ
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第12章 ウィリアムズ症候群の患者の精神病理学(274〜293ページ)
精神遅滞の患者は精神疾患や行動問題・感情問題を発展させる高いリスクにさらされている(Gostason 1985、Rutter et al. 1976)。以前は認知障害に関連する問題だけを心配していたが、今ではウィリアムズ症候群の人々にも軽度の適応障害から重度の精神異常まで普通の人々にみられるすべての範囲の精神的問題がみられる。さらに、自傷行為や常同行動など精神遅滞の人々に特有の行動のいくつかもみられる。
過去20年間、二重診断(dual diagnosis)と呼ばれる、精神遅滞と精神疾患や行動機能異常・感情機能異常が同居する分野の研究が発展した。ウィリアムズ症候群患者の精神病理学的研究はこの活動から派生した。二重診断の全体像に続けて、数少ないウィリアムズ症候群患者の精神病理学的研究について述べ、さらにウィリアムズ症候群の患者に対して二重診断研究を行う場合の方法論及び概念的検証方法について記述する。同時に、ウィリアムズ症候群患者の精神病理学的発見を特定の治療や対症療法につなげる勧告を行う。全体を通じて、この勧告の効果を検証することが必要であることと、ウィリアムズ症候群患者やその家族にとってうまくいった適応成果を促進することが必要であることを強調している。
第12章の小見出し一覧
- 二重診断:274ページ
- ウィリアムズ症候群における不適応行動:276ページ
- 精神病診断:282ページ
- 介入問題(Intervention Issue):286ページ
- これからの方向:288ページ
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第13章 ウィリアムズ症候群の睡眠パターン(294〜308ページ)
小児の健康においては正常な睡眠パターンが重要性であるという認識が高まりつつある。例えば、閉塞のために睡眠中の呼気の流れが減少するかまったく無いという睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea)が多数の子供で発見されている。全米小児科学会(2002)は子どもの睡眠時無呼吸症候群に関する診断と治療に関する勧告を臨床実践ガイドラインとして発刊している。同時に研究者達は睡眠障害と行動変化や記憶障害が関連していることを発見した。ウィリアムズ症候群の子どもの両親は入眠困難や安定しない細切れの睡眠など睡眠に関する逸話的な問題を報告している。フィラデルフィアこども病院が収集した予備的データによれば、少なくともウィリアムズ症候群の子どもの一部には異常な睡眠を呈することが示唆されている。現在執筆中の睡眠障害の臨床的影響を記録した文献の内容から類推すると、ウィリアムズ症候群の子どもで睡眠に障害がある場合、行動や認知機能がさらに悪化するリスクにさらされていると結論付けられる
第13章の小見出し一覧
- ウィリアムズ症候群の子どもの睡眠に関する知見:294ページ
- ウィリアムズ症候群の子どもの睡眠の概観とその意味:296ページ
- 臨床的関連:304ページ
- これからの方向:304ページ
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第14章 ウィリアムズ症候群の神経生物学(309〜324ページ)
行動や認知の疾患に関する脳の研究は伝統的にいくつかの目的で行われる。まず最初でかつ一般的な目的は、中枢神経系の病態生理学的な知見に基づいてこの疾患の理解を深めることにある。これらの疾患における脳の形態や機能に関する研究の理論的根拠の重要性が高まっているが、そのためには行動学的に定義されたこれらの症候群に関する生物学的確証、あるいは少なくとも生物学的な関連が必要となる。しかし、最終的に最も重要な科学的命題は、発達過程を通じて相互に影響を及ぼしあっている、脳の形態や機能に関するデータと、遺伝子・分子生物学・生体組織学・認知機能・行動学的なデータを統合することである。これらを統合することで初めて、遺伝子と神経発達と認知と行動の相互関係を完全に理解が可能になる。さらに、このように包括的に理解することは、神経発達疾患を持って生まれた患者に対して、臨床的かつ適応的な成果が得られる生物学的基礎に基づいた新世代の療法の基礎を形成する。
ウィリアムズ症候群に関する神経生物学的研究は、この症候群が臨床的に非常にユニークな特徴を持っていることから、遺伝子メカニズムと神経発達や認知や行動の間の関連に対する理解を深めるためのまたとない機会を提供している。ウィリアムズ症候群に関する刺激的な研究が進んだことによってさまざまな洞察、特に視空間的知覚・言語・社会的動機・認知・感情などに関して遺伝子と脳と行動に関する生物学的基礎が明らかになってきた。この新たな知見はウィリアムズ症候群に対する臨床的理解を増すと共に、一般的な脳と行動の関連に関する研究を推進することにもつながる。
第14章の小見出し一覧
- 統合的臨床神経科学的アプローチ:309ページ
- ウィリアムズ症候群の脳組織に関する発見:312ページ
- ウィリアムズ症候群の脳構造:313ページ
- 磁気共鳴分光法や機能的MRIによる電気生理学的な研究:318ページ
- これからの方向:320ページ
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第15章 ウィリアムズ症候群の絶対音感と神経可塑性(325〜342ページ)
ウィリアムズ症候群の人々の音楽性に関する査読付の調査報告(Don et al. 1999; Levitin and Bellugi 1998; Lenhoff et al. 2001; Levitin et al. 2003)が発表されるようになったのはつい最近です。この章では、ウィリアムズ症候群の音楽性について現在行われている研究の先駆けとなったいくつかの逸話的な観察(Stambaugh 1996; Lenhoff 1998)を紹介した後、最初にウィリアムズ症候群の人々の絶対音感に関する研究に焦点を当てたいと思います。その後、相対音感およびメロディや歌詞の維持記憶についても少し言及します。次の16章ではレビティンとベルージ(Levitin and Bellugi)がウィリアムズ症候群の人々のリズム感・音色・聴覚過敏症や脳の機能(Levitin et al. 2003)について述べます。
絶対音感は希少な能力で、その数は正常な発達をした西欧文明下の人々の間では1万人に1人の割合にすぎず(Bechem 1955; Takeuchi and Ward 1999)、色々な音色に対して発見されています(Baggaley 1974; Ward 1999)。成人で絶対音感を有するためには、その人はおよそ3歳から6歳頃までの間の「臨界期(critical period)」に音楽的訓練を受けることが必要だと一般的には考えられています(Takeuchi and Hulse 1993; Brown et al. 2000)。
私達の研究データは、絶対音感に関する検査成績は絶対音感を持っていると述べる専門的な訓練を受けた正常に発達をした音楽家よりもウィリアムズ症候群の人々の絶対音感保有者のほうが優れていること、集団で見た場合に正常な人々よりもウィリアムズ症候群の人ほうが絶対音感保有率が高いこと、普通の人々なら絶対音感を身につけられない年齢になってからでもウィリアムズ症候群の人々はその能力を獲得できること(Lenhoff et al. 2001)などを示しています。ウィリアムズ症候群の人々に対する絶対音感に関する研究は、私達に基本的な問題を投げかけます。ヒトは産まれながらに絶対音感を持っているのか? 絶対音感に対して遺伝子はどんな役割を果たしているのか? 認知機能に障害がある人が高度な音楽的知性を保有できるのか? 科学研究者はウィリアムズ症候群の人々の絶対音感を研究することに価値があるのか?
第15章の小見出し一覧
- ウィリアムズ症候群の人々の音楽への興味や能力に関する逸話的報告:326ページ
- ある音楽的能力に関する研究:結果とデータに関する考察:327ページ
- 絶対音感に関する結果に対するさらなる考察:330ページ
- 絶対音感のレベルと発生頻度
- ウィリアムズ症候群においては絶対音感を獲得できる臨界期が延長されている可能性がある
- 絶対音感:獲得するのか維持しているのか? その進化的な役割
- 絶対音感にたいする遺伝子の役割の可能性
- 誰が音楽的知性を考えるべきか?
- ウィリアムズ症候群の人々の音楽認知機能を研究することの価値
- 臨床的関連とこれからの方向:334ページ
- 研究対象としてのウィリアムズ症候群の人々の選び方
- 比較対照群の選び方
- ウィリアムズ症候群の人々を検査する場合の問題点
- ウィリアムズ症候群以外に関することをウィリアムズ症候群に拡張する場合の不確実性
- 社会的および専門家としての態度
- 低い知能指数と音楽的能力
- 精神行動面の非対称性や精神遅滞の人々が示す知性を研究することは脳の一連の発達順序の研究に貢献するか?
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第16章 ウィリアムズ症候群のリズムと音色と聴覚過敏症(343〜358ページ)
かなり以前からウィリアムズ症候群の人々は特別な音楽能力が備わっているらしいといわれてきた。最近の研究ではこれら報告されている音楽能力を定量化し、その本質と範囲をよりよく理解しようとしている。その結果は、遺伝子・発達・脳・認知機能間の関連に対する理解を深めることになる。本章ではこれまでに公表されている論文の中から、ウィリアムズ症候群の聴覚面および音楽面の3つの表現型的特徴、すなわち、リズム(表出および認知の両面)・音色認知と記憶・聴覚過敏症について報告する。
リズムは音程とともに音楽における分離可能なふたつの重要な属性を構成しており(Krumhansl 2000; Levitin 2002)、ある曲を別の曲と区別するための重要な基本的手がかりである。ウィリアムズ症候群の人のリズム能力を調査するために、正常な発達をした人およびダウン症候群と自閉症の人を対照群として統制された実験が行われた。ここで紹介する音色認知に関する研究には行動面と神経画像的研究の両方が含まれている。聴覚過敏症(hyperacusis:音に対する過度の感受性)という専門用語は、臨床医学分野と研究分野の両方で統一的な使い方が行われてこなかったという不幸な歴史がある。すなわちその概念に大きく異なる4つの聴覚障害が混在していたので、本章ではそれを明確にしてこれらの論文の矛盾を解きほぐす。
最初に強調しておくべき重要な観察事実は、ウィリアムズ症候群の人々が音楽能力とそれを発揮することにおいて特異な集団を構成していることである。正確に言うと、一般集団に比べて異なる才能を持った個人がより多く存在しはいるが、ウィリアムズ症候群の人のすべてに豊かな音楽性があると主張することは間違っている。言えることは、彼らは音楽が好きだと表現することが多く、音楽活動(演奏することも聴くことも)に積極的に参加し、音楽に対する感情的反応がより長く続くということである(Don et al.; 1999; Levitin et al. 2004)。
第16章の小見出し一覧
- リズム:344ページ
- 音色認知と聴覚過敏症:347ページ
- 嫌悪:聴覚異痛
- 音に対する執着
- 誘引と聴覚的魅力
- 音色同定
- 神経生物学的研究:349ページ
- 臨床的関連:352ページ
- これからの方向:354ページ
- まとめ:355ページ
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